約 23,303 件
https://w.atwiki.jp/kss_oniren/pages/71.html
曲名 レベル 星間飛行 3
https://w.atwiki.jp/genshikenss/pages/338.html
まだらめの紐 【投稿日 2006/06/16】 カテゴリー-斑目せつねえ 「笹原……いつまで俺の部屋に転がり込んでるつもりなんだ?」 「迷惑なんですか?僕はいつ出て行ってもいいんですけどね」 ベッドから起き上がり、素肌にワイシャツを着込む。 「いや、そんなわけじゃ」 「僕の担当作家がまさか斑目さんの隣の部屋に住んでいるとは僕も驚きましたよ。神の采配って やつじゃないですか。心配しなくても原稿が上がったら帰りますよ。あと数日ってところでしょう」 「そうか……」 「(にやり)あれ、どうかしましたか?」 「いっいや、なんでもない」 ネクタイをゆるく締め、ベッドに座っている斑目の横にどっかりと腰を下ろす。 「しかし安普請のアパートだ。隣の先生、夜通しネタがネタがって叫んでるのがまる聞こえでしたね」 「安普請は大きなお世話だろう」 「ねえ斑目先輩、先輩の声も隣に聞こえてたと思いませんか?」 「……よせよ、そんな話」 「あはは、可愛いなあ斑目先輩は」 「くっ……」 「ねえ斑目先輩、おなか空きませんか?ゆうべあんなに運動したし」 笹原は斑目の肩に腕を回す。 「何か食事、作ってくださいよ。僕も腹ペコだ」 以上、『斑目のヒモ』でございました。 おまけ。 ガバッ。 「はうあ!!」 「荻上さん、どうしたの?荻上さん!」 ベッドから飛び起きた千佳を、隣で笹原が抱きとめる。心配そうな顔。 「汗びっしょりだよ。……怖い夢でも見たの?」 「……いえ……怖い夢は見てねすけど」 「そう?よかった」 彼の表情に笑顔が戻った。ベッドから起き上がり、腰掛ける。 「びっくりしたぁ。荻上さん急に大声出すんだもん」 「……すいません」 「お隣に聞こえるかと思っちゃったよ、な~んて」 「!」 「うそうそ、ごめんね……ねえ荻上さん、悪いんだけど」 笹原は千佳の肩に腕を回す。 「何か食事、作ってくれないかな?腹ペコなんだよね、実は」 「!!!」 いねえよ、こんな笹原。
https://w.atwiki.jp/suttoko/pages/41.html
【巻数】 1巻 【ページ数】 28ページ 【解説】 新入部員を一人で部室に放置し、反応を児文研の部室から覗き見る現視研の恒例行事。作中ではこれまで笹原と荻上に対して行われたが、笹原の場合は大成功、荻上の場合は、作戦そのものは失敗に終わった。 【コメント】
https://w.atwiki.jp/genshikenss/pages/411.html
26人いる! 【投稿日 2006/11/12】 ・・・いる!シリーズ この話を初めて読む方の為に、オリジナル設定等のまとめ ①今年の新1年生は、男子5人女子6人の計11人、さらに秋にはスー&アンジェラも合流します ②部室が手狭になったので、サークル棟の屋上にプレハブ製の部室を新設しました ③斑目は相変わらず部室に昼飯食いに来てますが、4月以降は外回りの仕事も手伝っているので、昼休み以外の時間帯にも時々部室に来ます ④斑目は1年生女子からシゲさんと呼ばれています ⑤クッチーは去年の秋頃から空手を習っています ⑥諸々の事情で、クッチーは児童文学研究会にも掛け持ちで入会してます 児文研会長の勧めにより、普段は大人しくなりましたが、イベントになると必要以上に大騒ぎします ⑦荻上会長は巷談社主催の春夏秋冬賞という漫画コンクールに応募して審査員特別賞を獲得し、それがきっかけで今年の秋に「月刊デイアフター」で新連載開始の予定です 神田美智子 両親と兄1人の4人家族だが、家族全員がオタなので幼少の頃よりコミフェスに参加していた。 ノーマルなカップリング中心だが、最近ヤオイも始める。 国松千里 元々は特撮オタで、アニメや漫画のオタとしては初心者。 垂れ目ながら大きな瞳のロリ顔美少女。 豪田蛇衣子 腐女子四天王(クッチーが命名した、新1年生の腐女子4人組の通称)のリーダー格。 小学生の頃から少女漫画を描いている。 大柄で肥満体のゴッグのような体格。 沢田彩 四天王の1人。 元々はジュニア小説を書いていた、ショートカットで色白の文芸少女。 台場晴海 腐女子属性はむしろリーダーより濃い、四天王の参謀格。 見た目秀才っぽい、スレンダーなメガネっ子。 巴マリア 四天王の1人で、元ソフトボール部の体育会系腐女子。 巨乳でなかなかの美人だが、夏ミカンを握り潰せるほどの握力の持ち主でもある。 日垣剛 元野球少年の初心者オタ。 身長185センチの肉体派オタだが 気は弱く温厚で大人しい性格。 初心者同士のせいか、国松と仲がいい。 有吉一郎 高校時代は漫研。 いかにも理屈先行型オタという感じの、細面のメガネ君。 伊藤とは同じ高校出身でよく一緒にいるので、それを腐女子四天王にネタにされている。 伊藤勝典 高校時代は文芸部。 脚本家志望だが、ラノベやSSも書く。 猫顔で、動作も猫に似ていて、喋る時も語尾に「ニャー」と付ける。 浅田寿克 高校時代は写真部。 神経質そうなメガネ君で、1年生会員たちの会話ではツッコミ役になりがち。 岸野と一緒にいることが多い為、有吉×伊藤同様、腐女子四天王にネタにされている。 岸野有洋 浅田と同じ高校出身で、部活も写真部だった。 リーゼント風のひさしの目立つ髪型以外に取り立てて特徴が無く、あまり目立たない。 浅田と共に、様々な雑用で縁の下の力持ちとして力量を発揮する。 **本編** 「笹原君、君、ヤオイっちゅーもんを知ってるか?」 漫画家のA先生が笹原にそう声をかけて来たのは、笹原が新たに担当になってから1週間ほど経った、ある日のことだった。 漫A「君確か自己紹介で、学生ん時に何たらいうオタクのサークルに居った言うてたな?そしたらそういうことにも詳しいやろ?」 笹原「ヤオイがどうかしたんですか?」 漫A「君、すまんけどわしにヤオイっちゅーもんについて、いろいろ教えてくれんかな。先ずは何でヤオイって言うかからやな。やっぱり八尾の朝吉とかが関係あんのか?」 笹原「八尾の朝吉?」 笹原はA先生に、そもそもヤオイという言葉の語源から、順を追って丁寧に説明を始めた。 (注釈)八尾の朝吉 映画「悪名」シリーズで勝新太郎が演じていたやくざの名前で、本編とは特に関係ない。 ヤオイに縁の無いオッサンの一般的な認識と流して下さい。 A先生は、主に中高年やブルーカラー層を購読者とする、実話系雑誌でやくざ漫画を描き続けてきた、この道30年のベテランである。 実話系雑誌とは、芸能・スポーツ・風俗・賭博・政治・犯罪など、スポーツ新聞的なネタに加えて、普通のマスコミがあまり扱わない暴力団関係の記事が充実している雑誌のことである。 非オタ系漫画の極北のポジションに居たこの先生を、笹原は失礼ながら担当が決まるまで知らなかった。 A先生は推定年齢55~60歳で、笹原の両親より多分年上だ。 顔付きは強面で、体付きは大柄でいかつく、喋り方も柄の悪い関西弁だ。 経歴は公式には不明とされているが、裏社会にしっかりした情報網を持っていることから、裏社会の住人だった時期があったと思われる。 正直言って苦手なタイプであった。 そのA先生が、無骨な外見に似合わず凄まじいスピードで丹念にメモを取りつつ、矢継ぎ早に質問を次々とぶつけてくる。 ヤオイから派生したオタク関係の質問が次々と出て、話題は夏コミへと移って行った。 漫A「ほな君、今年もその夏コミっちゅーのに出るんか?」 笹原「ええ、上手く休み取れたら3日とも顔出そうと思ってるんですが、まだ決まってません」 漫A「よっしゃ笹原君、その件わしが編集部に話つけたるわ。3日とも休みにしたるから、行ってきい夏コミ」 笹原「えっ?」 漫A「その代わりスマンけど君、その3日間で夏コミについて可能な限り取材して来てくれんかな。ひとつ頼むわ」 笹原「取材…ですか?」 漫A「せや。デジカメでええから、ようけ写真撮って、君のサークルのもんとか他のお客さんから話聞いて、それをレポートにまとめてわしに提出してくれたらええ」 笹原「まあ、それはいいですけど…」 漫A「あ、それからな、資料として同人誌っちゅうのを買うて来てえや」 懐から分厚い札入れを取り出し、無造作に万札を十数枚掴み出して笹原に渡す。 笹原「こっ、こんなにいいんですか?これだとさすがに、物凄い量になりますよ」 漫A「かまへん。どのみち君の話聞く限りでは、そんだけ出しても会場で売ってる本、全種類は買えんやろ?」 笹原「それはそうですが…」 漫A「ええか、何の話でも話を書く時にはなあ、可能な限り最新の情報を仕入れるのが基本中の基本や。どんな絵空事な話でも、その土台にはリアルな現実の情報が要るんや」 さらにA先生は、今考え始めている企画について話し出した。 A先生が現在「実話鉄拳」で連載している任侠漫画がもうじき終わる。 次の作品の連載も決まっているのだが、その内容に編集部から注文があった。 最近雑誌の部数が落ちているので、新しい読者層を取り込めそうな話を描いてくれというのだ。 そこでA先生が目を付けたのはヤオイブームだった。 彼の得意なヤクザ漫画にヤオイネタを絡め、腐女子を新たな顧客にしようと考えたのだ。 漫A「まあ具体的な話を言うとや、昔は漫画家を目指してた絵の上手いテキヤがヤオイブームに目え付けて、ヤオイ同人誌を新しいシノギにしようとする、まあそんな感じや」 笹原「あの先生、ひとつ伺いたいのですが、今先生が描いてらっしゃる絵柄でそれ描かれるお積りですか?」 笹原が憂慮したのは、A先生の絵柄だった。 先生の描くやたらと無骨な顔立ちのキャラは、任侠漫画ならともかくヤオイには不向きだ。 漫A「君の言いたいことは分かるわ。つまりヤオイやったら…」 そう言いかけ、A先生は先程まで使っていたメモ帳に、何やら絵らしきものをサラサラと描き込む。 そして描き終わると、それを笹原に差し出しつつ言った。 漫A「こういう絵を描かなあかんねんやろ?」 笹原「ひへっ?!」 思わず自分の彼女のような驚き方をする笹原。 先生が描いたのは、普段描いてる作品のような無骨な顔ではなく、最近のヤオイ漫画にありがちなレディコミ風の端正なイケメンだった。 笹原「先生、これはいったい?」 漫A「わしこれでも下積みの時は少女漫画のアシスタントやっとったからな、こういう絵えでも描けるんや」 一抹の不安を覚えつつも一応納得した笹原、もうひとつ疑問をぶつけた。 「それに先生、いくら何でもヤオイだと、腐女子以外の人からは拒絶される危険が大きいと思います」 だが先生は意外な返答をした。 「その点は大丈夫や。君は知らんやろけど、実は極道もんには、その手の趣味のもんが意外と多いんや」 笹原「(意外そうに)そうなんですか?」 漫A「今の大卒の経済ヤクザはともかく、昔のヤクザもんが出世しよう思たら、ヤバい仕事やってムショで何年か修行して来なあかんかったんや」 笹原「?」 漫A「まあ君みたいな真面目な子には想像しにくいかも知れんけどな、そうなると女抜きで何年か暮らさなあかんから、どうしてもこっち系で代用することになる訳や」 先生は「こっち系」のところで、手の甲を頬に当てた。 オカマを示すジェスチャーだ。 漫A「そんでムショ出た後も、そのまんまそっち系の趣味続けるもんもけっこう居んねや」 笹原「そういうもんなんですか?(汗)」 思わず後ずさりしてしまう笹原。 漫A「安心しい。わしにはその気は無いから」 その後A先生は鷲田社に電話して、笹原の夏コミ3日間の休みの確約を取ってくれた。 そして細かい打ち合わせを終えた頃、もう1人の担当編集者が来たので、笹原はその担当氏に後を任せてA先生宅を辞することにした。 ヤオイに関する疑問から派生して、コミフェスその他のオタク趣味にも深い興味を持ったらしいA先生に対し、帰り際に笹原は大真面目にこんな誘いをかけた。 笹原「あのう先生、取材はやりますけど、1度ご自分でも夏コミに参加されてはどうですか?知識や情報はともかく、あの独特の雰囲気や空気は、あの場所でしか体感出来ませんから」 マジ顔で誘う笹原に、A先生は笑って応えた。 漫A「堪忍してえや、笹原君。君の話聞く限り、この歳ではキツイで、夏コミデビューは」 この後笹原は、他に担当している漫画家の所も回る予定だ。 現在笹原は先ほどのA先生の他に、キャリア15年ぐらいになるB先生と、今年デビューしたばかりで椎応の漫研の3年生でもあるC先生の、3人の漫画家を担当していた。 もっとも担当と言っても、笹原1人でその漫画家についての仕事を全てこなしている訳ではない。 A先生とB先生には元々メインの担当者が付いている。 (つまり先ほど来た編集者がメインの担当者だ) 笹原の仕事は、その担当者たちの補佐であった。 まあ早い話が雑用係である。 編集者という仕事には、いろいろな雑用が伴う。 その雑用の大半を笹原が引き受ける訳だ。 ひと口に雑用と言っても本当に様々である。 資料を集めて来たり、ちょっとしたお使いを頼まれたり、時には家事をこなすこともある。 そんな雑用の合間に、先輩の仕事ぶりを盗み見しながら仕事を覚える。 感覚的には落語家や相撲取りの新弟子に近い、今日的には前時代的な感じの教育方針だが、真面目な男笹原はめげること無く働いた。 笹原はC先生と打ち合わせをすべく、椎応大学のサークル棟に向かった。 漫研の現役会員であるC先生は、今日は部室でネームを書いているのだ。 その後夜になってからB先生の所にも顔を出す予定だ。 B先生は、それなりに作品は売れているのだが、「分かる人にだけ分かる」ネタと作風の為に今ひとつメジャーになり切れずにいた。 その為ベテランでありながら業界の評価は、前座プロレスラーや2番バッターみたいな中堅扱いであった。 そのせいか、精神構造はネガティブ思考でメンヘル気味で時々発作的に自殺を図る。 (実は半分狂言気味で、本音は止めて欲しいらしいのだが) そこで〆切が迫ってなくても定期的に顔を見に行くように、もう1人の担当者に厳命されているのだ。 漫研の部室でC先生のネームをチェックすると、笹原はGOサインを出した。 この先生に限って笹原は単独で担当していた。 作品の人気やレベルはそこそこだが、とにかく真面目で仕事が速い。 編集にとっては手の掛からない漫画家なので、編集部が笹原1人でOKと判断したのだ。 B先生宅に寄る予定の時間には間があったので、笹原は現視研の部室に寄ることにした。 屋上の床には、ブルーシートが敷かれており、その上に何かが立っている。 さらにその傍らに、こちらに背を向けてしゃがみ、体を丸めて何かしている人影があった。 その周囲には、塗料の入った小皿や缶がいくつか並べられていた。 笹原が近付いてみると、立っていたのは何かの体だった。 いや正確には、逆さまにされて、材木を組んで作ったらしいスタンド状の器具に固定されていた。 灰色がかった茶色のそれには、鋭い爪の生えた手足があり、腹のあたりが蛇腹状になっていた。 腕や脚の中にも材木が通してあるらしく、四肢はピンと張っていた。 首を切って逆さ磔にした、ヒューマノイドタイプのモンスター、そんな風に見えた。 笹原の気配に気付いたのか、しゃがんでいた人影が振り返りつつ顔を上げた。 人影の正体は、筆を持った国松だった。 「あっ笹原先輩、こんにちは」 「こんちわ…わっ?!」 驚いて声を上げてしまう笹原。 国松の足元に、不気味な顔があったからだ。 脳を肥大化させて露出したような感じの頭でっかちな頭部に、細く吊り上った瞳の無い目と、牙とギザギザの歯の生えた口があった。 よく見ると見覚えがあった。 笹原「それってもしや、ベム?」 国松「そうです、妖怪人間ベムの変身後です」 笹原「(先程の胴体と顔を見て)これってフィギュアなの?」 国松「いえ、コスです」 笹原「コス?ってことは…」 国松「着ぐるみです。今度の夏コミのコスプレで『妖怪人間ベム』やりますんで」 笹原「へえー。しかしこれ、よくできてるね」 思わず胴体に手を伸ばす笹原。 国松「あっダメです!まだ乾いてません!」 数ミリ手前でピタリと笹原の手が止まり、サッと引っ込める。 笹原「ごっ、ごめん。これってどうやって作ったの?何で出来てるの?」 国松「ラテックスです。石膏で型作って、それにラテックス塗って剥がして原型を作りました。今日はそれに色塗ってるとこです。塗り終わったら今日はここまでです」 笹原「まだ続きがあるの?」 国松「色塗ったのが乾いたら、中にウレタン貼って形整えます。そして朽木先輩に実際に着てもらって、体に合わせていろいろ調整します」 笹原「朽木君がやるの?」 国松「はい。万が一朽木先輩が来れない時に備えて、日垣君でも着れるように少し大きめに作ってあるもんですから、ちょっと念入りに調整しなきゃいけません」 日垣はクッチーより5センチほど背が高く、肩幅や胸囲なども少し大きかった。 国松「まあ朽木先輩が着る分には、かなり余裕があると思います。あんまりピッタリ過ぎたら動きにくいし、汗の逃げ場が無くなって余計に暑いし、第一皮膚呼吸が出来なくなります」 笹原「へえ、本格的だね」 国松「まあ技術レベルはともかく、基本的な作り方は本物の着ぐるみと同じですから。機電も一応仕込みますし」 笹原「きでん?」 国松「機械の機に電気の電で機電です。まあ簡単に言うと、機械で着ぐるみの一部を動かす仕掛けのことです。まあ今回は、目を電球で光らせるだけですけど」 笹原「凄いね」 その後笹原は、国松の溢れんばかりの、いや溢れ過ぎでダム決壊状態の怒涛の着ぐるみ愛を延々と小1時間ばかり聞かされる破目になった。 普段はどちらかと言えば無口で大人しい国松だが、こと特撮の話になると垂れ気味の大きな目をキラキラ輝かせて、楽しそうに話し続ける。 笹原『まるで漫画描いてる時の荻上さんだな』 愛する人と同じ種類の目の光を見てしまった以上、すげなくすることは出来なかった。 ようやく部室に笹原が入ると、こちらはコスの山だった。 2つの机の上には、同様のデザインの制服らしきコスが数着ずつ、4種類ほど見られた。 肩ビラの色が紺色のものと水色のものと2種類のセーラー服、青のブレザーに黒いズボンの男子用らしき制服、そして紺色のロングコートタイプの軍服らしき制服。 さらにその他にもさまざまなコスが並べられている。 その片隅で斑目は遅い昼食を食べており、日垣は一心不乱に(多分田中が持ち込んだのであろう)ミシンに向かっていた。 あとはやや困り顔の荻上会長、田中、恵子、クッチー、そしてただひとり上機嫌な大野さん、という面子だった。 互いにひと通り挨拶と近況報告を終えると、話題はコスプレのことになった。 笹原「外で国松さんに『妖怪人間ベム』のコスやるって聞いたけど…何かいろいろいっぱいあるね」 大野「(にこやかに)はいっ!」 田中「今回は大野さん、学生として参加する最後の夏コミだからね、3日間目いっぱいコスするんだよ」 大野「3日とも違うんですよ」 笹原「凄いね」 大野「1日目と2日目は、私が会長だった代の会員中心でやるんです。で、1日目が『妖怪人間ベム』で、主役のベムは朽木君にやってもらいます」 朽木「あの、大野さん、何故わたくしだけ変身後なのでありますか?」 田中「コミフェスは長物禁止だからだよ。変身前のベムでステッキ無しだと、さまにならないだろ?」 大野「それに変身後の方が、目立つし、ウケるし、かっこいいじゃないですか。主役だから立ててあげたんですよ」 目立つ、ウケる、かっこいい、主役、クッチーの好きそうなキーワードを並べ立てる波状攻撃作戦は、見事に功を奏してクッチーは納得した。 でも芸に生きる男クッチーは、お約束も忘れない。 朽木「早く人間になりたいにょ~~~!!」 笹原「てことは、荻上さんもやるの?」 荻上「私がベロで、大野先輩がベラです」 笹原「ベロかあ…」 大野「何ですか笹原さん。もっとロリロリなのとか、露出の多いの見たかったんですか?」 笹原「(赤面し)ちっ、違うよ。よく荻上さん承知したなあと思って」 田中「これでも知恵しぼったんだよ。大野さんの代のメンバーで出来るコスで…」 大野「荻上さんがコスやってくれる条件に出した、ロリロリじゃなくて露出の少ないキャラってことで、荻上さんのキャラから逆算して考えたんですから」 荻上「何かそれじゃあ私が我がままみたいじゃないですか。どっちかと言えば…」 大野「ええそうですとも。我がままなのは私ですよ」 胸を張ってにこやかに開き直る大野さんだった。 荻上会長は先程の続きに話題を戻す。 荻上「それとあと、恵子さんがキラやります」 笹原「キラ?」 ガンダムのパイロットや、ノートに名前書いて殺人するインテリ君を連想する笹原。 荻上「新シリーズに出てくる新キャラですよ。ベロの友だちの女の子です」 笹原「ベロの友だちってことは…小学生?恵子が?」 大野「ええ、最後だからってことで頼んだら、快く承諾してくださいました」 コスの山の中から、キラの小学校の制服を取り出して見せる大野さん。 ブレザーにミニスカートにベレー帽という格好だ。 恵子を見る笹原。 笹原「そうなのか?」 手招きする恵子。 笹原「?」 笹原が恵子に近付くと、恵子は腕を掴んで部室の隅に笹原を連れて行き、顔を寄せた。 恵子「(小声で)しゃーねーじゃん。あの暑苦しい巨乳の大女に涙目で迫られたら、断れねーじゃん」 笹原「まるでアームストロング少佐だな」 恵子「まあその代わり、バイト代もらえるけどね」 笹原「バイト代?」 恵子「2日目に何とかいう金髪のキャラやる代わりに、タダで金髪に染めれる美容室の券もらったんだよ」 笹原「お前今度は金髪かよ」 恵子「1回やってみたかったんだ。さすがに春日部姉さんいる間は遠慮してたけどね」 こいつがそういう気の使い方をするようになったのかと、笹原は妹の人間的な成長に少し感心した。 そして同時に、春日部さんに対する恵子の尊敬や親愛の情を微笑ましく思った。 再びみんなの方に2人が戻ると、さらにコスについての話は続いた。 笹原「それで2日目は?」 大野「荻上さんの希望を入れて『ハガレン』にしました」 荻上「私がエドで、朽木先輩がアル。大野さんがラストで、田中さんがグラトニーです」 朽木「わたくし2日連続で着ぐるみであります」 笹原「大変だね」 恵子「そんで私が…何だっけ?」 荻上「ホークアイです。いい加減覚えて下さい」 斑目「そして俺がヒューズさ」 食事の途中の斑目が割り込むように言った。 笹原「斑目さんもやるんですか?」 斑目「ああ。今年は土日休み取れたし、それにまあ俺も大野会長期の、部室の備品みたいなもんだからな」 そう言いつつ手招きする斑目。 笹原が近付くと、斑目は顔を寄せてきた。 斑目「(小声で)しょうがねえだろ。あの胸近付けて凄え力で肩掴んで涙目で(以下略)」 笹原「犠牲者その2ですか」 斑目「お前は今年はどうよ?」 笹原「3日とも出ますよ。上手く休み取れましたんで」 笹原は、A先生用レポート作成の為に、3日とも休みを取れるようになった顛末を話す。 斑目「半分仕事で夏コミか…それはそれで大変そうだな」 ふと嫌な視線を感じて振り返る笹原。 大野さんが赤面でニヤニヤし、荻上会長は意識が亜空間飛行中だった。 笹原は、斑目から見えない角度で「それは無し!」という感じで手をヒラヒラさせつつ2人に近付く。 そして荻上会長の筆を激しくシビビビする。 荻上「はっ、ここは誰、私はどこ?」 苦笑する笹原。 荻上「(赤面)すっ、すいません」 再び嫌な視線を感じる笹原。 振り返ると同時に、大野さんに右肩を左手で、物凄い力で掴まれた。 笹原「えっ?」 大野「笹原さん、3日とも出れるんですね」 笹原「うん、出るけど…」 大野さんは右手で「ハガレン」の軍服を1枚掴み、笹原の方に差し出した。 大野「ちょうどここに、笹原さんのサイズの軍服があるんですよ」 笹原「何であるの?(汗)」 大野「田中さん、例のものを」 田中は傍らの自分のリュックから白い手袋を出して、笹原に差し出す。 笹原「その模様はもしや…」 手袋には魔法陣みたいな記号の模様があった。 田中「錬成陣だよ」 助けを求めるように、荻上会長の方を見る笹原。 あきらめて下さいと言わんばかりに、片手拝みのポーズの荻上会長。 笹原「犠牲者その3か…」 結局笹原は、2日目にロイ・マスタング大佐のコスをやる破目になった。 考えてみればコスプレ初体験である。 A先生用のレポートのネタが増えたし、まあいいかと笹原は1人納得した。 笹原「で、3日目は何やるの?」 大野「まだ何するかは未定なんですけど、私はアンジェラとペアでやる予定です」 笹原「やっぱり今年も来るんだ、あの2人」 大野「まあ秋からは正式にここの会員ですからね。で、実はそれと別班でもうひと組やるんですけど、遅いな神田さん…」 笹原「神田さん?」 傍らで食事していた斑目の食べるペースが、何故か急に速くなった。 神田「遅くなりました!」 晴れやかな笑顔を浮かべ、神田が部室に入ってきた。 神田「あっ笹原先輩こんにちわ。(大野さんに)遅くなってすいません」 神田は手に持った風呂敷包みを机に置いて開ける。 包みの中身は、袴と井の字模様の羽織という組み合わせの着物だった。 笹原「これは?」 神田「お祖父ちゃんの着物です。亡くなってからもう20年ぐらい経つ上に、お祖母ちゃん物忘れがひどくなっちゃって、なかなか見つからなくて…」 笹原「???」 神田「前にお祖母ちゃんに写真、見せてもらったの覚えてたんです。で、似てるなあと思って、お祖母ちゃんに出してもらったんです」 笹原「あの、それで何のコスプレなの?」 神田「今試着してもらうのを見れば分かりますよ。お祖母ちゃんの話だと、お祖父ちゃんの背5尺8寸だったそうだから、多分あまり調整しなくて済むと思いますよ」 荻上「5尺8寸って、どれぐらいなの?」 神田「およそ175~176センチってとこです。明治の人としては長身だったみたいですよ。私が生まれる前に亡くなったんで、会ったことは無いんですけど」 斑目がそろそろとドアの方に向かう。 その腕を「ムズンパ」と擬音が聞こえそうなタイミングで神田が掴む。 神田「どこ行くんですか、シゲさん?」 斑目「いや、そろそろ会社に戻んないと…」 神田「大丈夫ですよ、あそこの社長さんイージーだから、少々遅れても怒られませんよ。それよりさっそく寸法合わせましょうよ。さあ、みなさん向こう向いて下さーい」 数分後、斑目は神田の持ってきた着物を着込んだ。 カッターシャツの上から着たので、袖口からカッターの袖が見える。 神田「わーピッタリ!」 それを見た笹原が呟いた。 「絶望先生…」 恥ずかしい一方で、斑目のキャラ作り魂が目覚めた。 「知ったな!うわああああああ!」 絶叫しつつ部室を飛び出して行く斑目。 コミフェスという非日常のハレの場ならともかく、日常的な部室で身内相手にコスするのは却って恥ずかしいものらしい。 いつか荻上会長が部室でコスした時に逃げようとしたのも、単に露出が激しいコスだからというだけでなく、そういう心理もあってのことだったのだと笹原は改めて理解した。 神田「ねっ、大野さん、私の言った通りでしょ?」 大野「そうですね、あそこまで似合うとは予想出来ませんでしたね」 笹原「あの、これはどういう?」 荻上「今のコス、言い出したの神田さんなんです」 神田「シゲさんも絶望先生も総受けキャラだから、絶対似合うと睨んでたんです」 笹原『1年の女子の間でも、斑目さん総受け認定なのか…』 大野「それでそこから発展して、斑目さんと1年生の女子で『さよなら絶望先生』のコスやることになったんです」 神田「でも実は、他にもちょっとしたサプライズを用意してるんですよ」 悪戯っぽく笑う神田。 笹原「へー、どんな?」 神田「(唇に人差し指を当て)秘密です」 大野「どうですか笹原さん、なかなかの名プロデューサーでしょ、神田さん?」 笹原「何やら嫌な予感が…」 笹原「とすると、あっちのセーラー服とブレザーは?絶望先生のとは違うみたいだけど」 荻上「あれはハルヒの学校の制服です」 笹原「それもコスプレするの?」 荻上「うちの同人誌の売り子用なんです」 笹原「…ということは、同人誌のネタってハルヒなの?」 荻上「そうです。『涼宮ハルヒの憂鬱』です」 笹原「またえらく男性向けなのを題材に選んだね」 荻上会長は、その経緯を説明し始めた。 7月も後半に入り、印刷所への入稿〆切まで残り10日を切ったある日のこと。 その日も部室では、サークル参加の同人誌のお題についての議論が続いていた。 参加者は腐女子四天王の豪田、台場、巴、沢田、ヤオイは最近始めたばかりの神田、ただ1人の男性の絵描きの有吉、そして荻上会長という面子だ。 部室の外では、国松が妖怪人間ベムの着ぐるみコスを作っていた。 今日の作業は、溶かしたラテックスを石膏の型に塗りつける作業なので、さすがに部室の中ではやり辛い。 ちなみに日垣は田中、大野と共に資材の買出しに出ている。 クッチーは就職活動中だ。 そして浅田と岸野の2人は、ここ数日夏コミ用の軍資金を稼ぐべくバイトに精を出し、部室にはあまり姿を見せていなかった。 海水浴効果(「17人いる!」参照)でわだかまりが無くなり、みんな我を通さなくなったものの、今度はそれが逆に足枷となって議論を長引かせていた。 例えばAさんがaという案を主張し、Bさんがbという案を主張していたとする。 やがてAさんがbという案もいいなと言い始める。 ところがその頃には、今度はBさんがaという案(あるいはCさんのcという案)もいいなと言い始める。 その一方で、Dさんがdという案を捨てて、新たにddという案を出したりする。 そんなことの繰り返しで、結局のところ1つの案に賛同者がなかなか2票集まらないという状態が続いた。 もっともここまで議論が長引くのには、もうひとつ理由があった。 それはコミフェスへの出品が、必ずしも毎年出来るとは限らないということだ。 毎年必ず出品する枠が設けられている大手と違い、現視研のような無名の弱小サークルは次はいつ出品出来るか分からない。 くじ運が悪ければ、今回が彼女たちの大学での最後のサークル参加になるかも知れない。 そう考えると、どうしても今回最高の本を作らねばという思いが過剰になってしまう。 テーマひとつ選ぶのにもついつい慎重になり過ぎてしまうのも、ある意味仕方ないことかも知れなかった。 強権発動して決めてもよかったのだが、荻上会長は敢えて1年生だけで納得行くまで話し合わせて決めさせることにした。 今回の同人誌の件については、荻上会長はオブザーバーに徹し、暴走した時だけ止め役に回る程度以上には介入しないと決めていた。 彼女たちを信頼しているというのもあったが、もうひとつ別の目的があった。 それは次期会長に誰を推すか選定することだった。 順調に原稿が上がれば、10月末に出る「月刊デイアフター」12月号から荻上会長の作品は連載開始する。 8月中に第1回の原稿を上げ、以降月に約20Pずつ原稿を上げていかなければならない。 編集部の担当の人は「学生さんなんだから、1回や2回原稿落としても大丈夫だから、気楽にやりなさい」と言ってくれてはいるが、その言葉に甘える積りは無かった。 やるからには絶対に原稿は落とさない、当たり前のことだがそう決心していた。 ただそうなると、やはりどうしても会長としての職務はおろそかになるかも知れない。 現に今でも、3年生は荻上会長1人きりで手が回らないので、会計は台場(簿記の資格を持ってたので)に任せてるし、書記や様々な提出書類は神田(ペン習字1級で字が上手いので)に任せていた。 とりあえず今考えてるのは、秋頃に誰かを会長代行(あるいは名称は副会長でもいいかも知れない)に任命して、半年近いテスト期間を経て決めるという方法だ。 あるいは男女ほぼ半々で2桁の人数なのだから、体育会系のクラブみたいに男子リーダーと女子リーダーを1人ずつ選んでもいいかも知れない。 ただそれにしても、今年の1年生は人数が多い上に、リーダー候補が多過ぎた。 先ず腐女子四天王にはリーダー格の豪田がいる。 彼女は決して押しの強さと口数だけでリーダーぶってる訳ではない。 小学生の時から少女漫画を描いてて、経験に裏打ちされた知識や技術には、各自それなりに敬意は払っていた。 それに世話好きで面倒見のいい一面もあった。 四天王の参謀的な役割の台場は、ヤオイ方面の知識と情報量と理論では誰にも負けない。 口数は少なく前に出ることは少ないが、巴は高校時代ソフトボール部のキャプテンの経験がある。 さらに高校時代の経験で言えば、有吉は漫研の会長、伊藤は文芸部の部長だったそうだ。 その一方で、荻上会長は逆のことも考えていた。 と言うのも斑目会長のように、どっちかと言えばリーダーっぽくない押しの弱そうな人が会長やって上手く行った(そうか?)例もあるからだ。 今の1年生たちの代のリーダー候補たちは皆個性的なので、役職と責任で縛るより好き勝手やらせてやり、別のリーダーが止め役として制御した方がいいかも知れない。 その意味でどっちかと言えば大人しそうな、沢田、神田、国松、日垣、浅田、岸野という目もあるかも知れない。 その辺を見極める為の試金石、荻上会長は今年の夏コミをそう捉えていた。 ケンケンガクガクの議論の末、台場が妥協案を出した。 まず各々が描きたいと思うお題をメモ用紙に書く。 そのメモを四つ折りにして、ちょうど空になったティッシュの箱に入れる。 そしてよく振って荻上会長に1枚引いてもらい、当たったものを今回のお題とする。 まあ早い話がくじ引きである。 台場「最も公平で民主的で、そして神聖なる方法よ」 豪田「でもここまでモメて、くじ引きってのも…」 台場「慌てないで、その辺のフォローも考えたから」 台場が考えたのは、次のような方法だった。 くじで外れた者は、当たりの原稿を手伝う一方で、自分の書いたお題のコピー本を作れる。 ただしコピー代は自腹なので、作る作らないは各自の判断に任せる。 そしてコピー本は、印刷所で刷った方の同人誌に「おまけ」として付けるのだ。 おまけを付けるか付けないかは、お客さんの希望に従う。 おまけ付きの特装版も、おまけ無しの通常版も値段は同じにするので、どっちにしてもお客さんには損は無い。 あくまでもお客さんの好みや都合で選んでもらえばいい。 捨て身の「損して得取れ」商法だ。 巴「値段均一はちょっと無理が無い?」 沢田「本体の値段に、おまけ分上乗せ出来ないの?」 台場「本体は基本20ページぐらいで1冊500円の予定だから、上乗せ分は殆どないわ」 豪田「てことは、完全に自腹?」 台場「だからこの方法は強制にしない方がいいと思うの。自腹でも自分の本出したい人は出す、うちの同人誌に全力つぎ込むって人は出さない、そんな感じでいいんじゃない?」 しばし考える一同。 豪田『うーん、今度の同人誌は200部刷る予定だから、仮に半分おまけ付けるとしても100部、全部に付けたら200部か…』 巴『おまけコピー本を仮に10ページ程度として、2ページ並べてコピーすれば、コピー代は1部50円』 沢田『仮にコピー代1部50円ぐらいなら、100部なら5000円、200部なら10000円か』 有吉『普段なら5000円や10000円ぐらいなら出せるけど、夏コミを控えたこの時期にそれだけの出費は痛い』 一同『うーむ…』 ちなみに彼女たちに、パソコンのプリンターを使うという選択肢は無かった。 「昔プリンターで大量にコピーしたら、途中で壊れてえらい目に遭った」 「コピー本をコピー機以外で作るのは邪道」 「パソコンで原稿描く場合以外で、プリンター使うのは邪道」 理由はいろいろだが、何故か全員プリンターに対して禁忌意識を持っていた。 金がネックになって議論が膠着したので、荻上会長は助け舟を出すことにした。 荻上「ねえ台場さん、コピー代ぐらいはうちの予算で出せない?」 台場「今回はコスプレで相当使ってるから、印刷代までで赤字なんです。それにこの方法、僅かな金額とは言え自腹がかかってるからこそ真剣になるし、燃えるんです」 台場の瞳に怪しい光を見て荻上会長は少したじろいだが、それでも金でもめるのは避けたかったので別の財源を提案した。 荻上「いざとなれば、初代会長が好きに使ってくれっておっしゃってたOB会費も預かったままだし、私も春夏秋冬賞の賞金残ってるし…」 台場「(大声で)それは絶対ダメです!」 凍り付く一同。 台場「…すいません、大声出して」 荻上「何でそんなに無理に自分たちだけでやろうとするの?そりゃ同人誌についてはみんなに任せたけど、こういう問題ぐらい私に相談してもいいじゃない?」 台場「こういう問題だからこそ自分たちで解決しなきゃいけないんです。だって荻様…会長もうすぐ本格的に漫画家としてデビューされるから」 はっとなる一同。 台場「大野先輩は9月で卒業するし、恵子姉さんは来年専門学校卒業だし、朽木先輩も来年卒業です。残るのは私たちと、秋に来る外人さんたちだけになってしまいます」 一同「…」 台場「来年には、もう私たちがこの現視研の主力になるんです!私たちで現視研守っていかなきゃいけないんです!だから、何時までも会長に甘えてちゃいけないんです!」 荻上『台場さんがこんなに長々と熱く語るの初めて見たなあ。意外と熱血だったんだ、この子…』 熱くなったせいか、台場の演説は脱線し始めた。 台場「地球の平和は、我々地球人の手で守り抜かなければならないんです!俺たちの翼で!」 一同「俺たちの翼?」 台場「(赤面し)すっ、すいません、今のは無しです。最近千里に薦められて『ウルトラマンメビウス』見出したもんで、つい…」 豪田「ウルトラマンってことは特撮?」 台場「そうよ。特撮っていうと畑違いみたいに思えるかも知れないけど、我々腐女子にとっては宝の山よ」 巴「そうなの?」 台場「まあ戦隊シリーズとか仮面ライダーシリーズがネタになること多いけど、メビウスは凄いわよ」 豪田「そんなに?」 台場「だってどう考えても、私たちみたいな視聴者層を狙ってるとしか思えない台詞とか状況がバンバン出てくるのよ。例えば、男同士で『僕たちの思い出の場所』とか…」 巴「マジ?」 台場「だから千里にヤオイの何たるかを教え込むのには、絶好のテキストになったわ」 有吉「国松さんまで引っ張り込むの?」 台場「引っ張り込むというより、本来の姿に戻すだけよ」 有吉「本来の姿?」 台場「(右拳を握り)ホモが嫌いな女子はいません!」 女子一同「(首を前後にコクコクしつつ)うんうん」 その後も特撮とヤオイに関する議論がしばらく続いた。 ひと区切り付いたところで、荻上会長は軌道修正を図る。 荻上「さあみんな、本題に戻るわよ」 先程まで殆ど発言していなかった神田がポツリと言った。 「あの…うちのコピー機使えば、そんなにお金かからないと思うけど…」 一同「うち?」 荻上「神田さんの家って、コピー機あるの?」 神田「ええ、ありますよ」 豪田「ミッチーの家って、文房具屋さんかコンビニなの?」 神田「ううん、普通の一戸建て」 巴「じゃあ家が設計事務所か何かとか?」 神田「ううん、パパただの会社員よ。ママ専業主婦だし」 沢田「それじゃあいったい…」 神田「みんなの家って、コピー機無いの?」 一同「(首を横に振りつつ)無い無い無い!」 神田「そうなんだ…案外コピー機ある家って少ないのかなあ?」 有吉「いや普通ある家の方が少ないから」 神田「そうなの?昔小さい時、パパやママのお友達の家によく遊びに行ったけど、どこもあったわよ。だからコピー機って、どこのご家庭にもあるもんだと思ってた」 一同「(首を横に振りつつ)無い無い無い!」 台場「ミッチーそんなもん、何時から家にあったの?」 神田「何時からって…昔からあったからなあ。買ってもらったのは中学入った時だけど」 一同「買ってもらった?!」 神田「うん、小学生の間はママの借りてたんだけど、中学入って私も欲しいって言ったら、パパが買ってくれたの」 巴「ママのって?」 神田「ママのが1番機能充実してるのよ。パパのだと白黒しか出来ないし、お兄ちゃんのはA4までしか使えないから」 一同「はい?」 有吉「あの、神田さん、それはもしや、家族全員がそれぞれ1台ずつコピー機を所有している、という意味?」 神田「普通そうじゃないの?」 一同「(首を横に振りつつ)無い無い無い!」 荻上「つまりそれって、もしかして神田さんのご家族って、全員同人誌作ってるってこと?」 神田「はいっ、毎年1人7~8冊は作ってますよ。私も今回は現視研の分と別に、うちの家族の知り合いのサークルに委託で置いてもらう分作るし…」 神田一族のDNAに戦慄する一同。 荻上『ある意味この子、1番現視研の会長に向いてるかも知れない…』 神田のコピー機提供により、くじに外れた者のコピー本も費用は紙代オンリーとなって気楽になったので、台場の案は採用された。 荻上会長がくじを引く。 くじを開いてみると「涼宮ハルヒの憂鬱」と書かれていた。 ブーイングが起きた。 豪田「ちょっと待ってよ!それじゃあカップリング1つしかないじゃない!」 台場「そうよそうよ、古泉のニヒル攻めとキョンの逆切れ受けしかないじゃない!」 豪田「ちょっと、それは逆でしょ?キョンの強気攻めに古泉の冷静解説受けじゃない!」 ケンケンガクガクのカップリング論争が続く。 荻上「もうみんな、その辺にしなさい!それよりハルヒって書いたの誰なの?」 有吉「僕です」 一同「有吉君?何で?」 有吉「みんなハルヒ好きだし、ハルヒならカップリング出来るキャラ限られてるから、あんまり揉めないかなと思ったんだ。結局揉めたけどね」 荻上「うーん…あのね有吉君、例えば男の子が18禁同人誌作る時、まず気に入ったキャラにあれこれすることが主眼になるでしょ?」 有吉「そうですね」 荻上「でも女の子の場合は、そういう人もいるけど、先に状況設定とかストーリーとかがあって、その必然としてカップリングが出来るのよ」 有吉「なるほど…」 荻上「だからあれこれ議論になるのは、それぞれの頭の中の設定やストーリーがそもそも違うからなのよ。それをまとめるには、納得いくまで話し合うしか方法は無いのよ」 巴「まあ結局のとこは、どっちかが折れないと決まらないのが実情だけどね」 豪田「でもその話し合いがまた楽しいのよ、女の子は」 有吉「そんなもんなんですか」 荻上「そんなもんなのよ。とは言っても、そろそろ〆切も迫ってるから、今回は有吉君の意見採用すべきだと思うの。みんないい?」 筆のひと声、もとい鶴のひと声で同人誌のお題は「涼宮ハルヒの憂鬱」に決まった。 26人いる!その2
https://w.atwiki.jp/genshikenss/pages/131.html
その二 【投稿日 2006/01/29】 カテゴリー-4月号予想 笹「おじゃまします・・・。」 荻「どうぞ・・・。」 笹「暑いね、なんか汗かいちゃってさ」 荻「温度下げましょうか・・・。」 笹「いや、ごめん。そういうつもりじゃなくって ・・・気使わせちゃって・・ごめん。」 荻「・・・」 笹「・・・じゃあ、見るとしますか。」 荻「ホントにいいんですか?」 笹「え?」 荻「私の最低な妄想を見て、冷静でいれますか?ホントに気持ち悪いかも。 覚悟は決めたつもりですけど、見せないでいられるなら 見せずに、このまま現視研辞めてもいいって思ってます。」 笹「う~ん、改めて言われてもねぇ。でも、見るって決めたんだし、 なに、ほら出演者としての特権ていうの?あはは・・・。」 荻「・・・わかりました。コレです。」 笹「(うわぁ・・・繋がってるよ班目さんと。って言うかモロ見え・・・。 俺、こんなに大きくないよぉ~)」 「(あはは、班目さん可愛すぎでしょ。目、うつろすぎ!)」 「(俺、絵になるとこんななのか?ちょっとイケメンすぎませんかぁ?)」 「ふぅ~。荻上さんちょっと質問いい?」 荻「はぁ?」 笹「こういう構図ってさ、他の作家さんのとか真似てみたりしてるわけ?」 荻「・・多少はありますけど、大体は頭ン中で思った通りに描いてます。」 笹「すごいね、俺も描いてみた事あるけど 思った通りになんか描けないよ、やっぱプロ目指そうよ、うん。」 荻「・・なんで・・」 笹「へ?」 荻「なんでそんな冷静に見れるんですか!この絵、笹原さんなんですよ そんな風に勝手に思われてるの、気持ち悪くないんですか!」 「いいじゃないですか私なんかいなくても、気ぃ使わないで はっきり言ってくださいよ、腐女子の絵なんて吐き気がするって!」 笹「荻上さん・・・。現視研の誰一人いなくなっても俺は嫌だよ。 しかも好きになった子がいなくなるのはもっと嫌なんだけど。」 「それに、なんていうかなぁ俺オタクだから、ついつい絵とか見ると 評価しがちっていうか?あはは・・まぁびっくりはしたけどね。」 荻「ほら、びっくりしたんじゃないですか。私の頭の中、こんなのばっかですよ そんな女おかしいですよ。気持ち悪いでしょ?変態でしょ? それでも好きっていえますか!」 笹「俺だって荻上さんの事、妄想しまくりだよ!」 荻「え?」 笹「あ・・・あはは爆弾発言。、ゴメン。」 「そ、ソレは置いといて。はっきり言わせてもらうけど 内容はどうあれ、俺は荻上さんの絵を見て素直に上手いと思った。 気持ち悪く取る人もいるだろうけど、俺はそうじゃない。 荻上さんがデビューしたら、俺が担当になりたいと思ったよマジで。」 「俺が荻上さんを好きなのは変わらないよ。現視研やめないでくれるね。 で、付き合ってくれるともっと嬉しかったりするんだけど・・それは別かな?はは。」 荻「・・現視研続けます。」 笹「よかった~。」 荻「・・・秋葉原連れてってくれますか?」 笹「はぁ?」 荻「オンリーイベントも一緒に行ってくれますか?」 笹「はぁぁ?」 荻「なんでそんなにニブイんですか?受け入れてくれるんですよね・・・。」 「わたしだって好きですよ、笹原さんの事・・・。妄想されてても。」 笹「あは、あははは最後のは忘れて・・・。」 荻「ズルイですよ、ははっ。」 笹「オタクでもいい?」 荻「オタクですから。」
https://w.atwiki.jp/genshikenss/pages/294.html
その二 【投稿日 2006/04/26】 カテゴリー-6月号補完 P1. 斑「よう笹原」 笹「あ、斑目さん」 会議室に顔を出した斑目は、椅子を運んでいた笹原に話かけた。 ちょうど会社の昼休みの時間だった。 会議室の中では朽木もマメに手伝っている。最近朽木は、大野さんのコス衣装を運ぶのを手伝ったり、何かと働いてくれている。 斑「おお、やってるなー」 笹「朝から設営で、みんな借り出されてます(苦笑)」 斑「…で?春日部さんは来てんの?」 笹「ええ、今回はちゃんと逃げずに来たみたいですよ。ようやく観念したみたいで」 斑「へー…」 (春日部さんも丸くなったもんだ…) この前(春日部さんと部室で2人になったとき)も思ったが…。 大野さんは満面の笑みで笑っている。 春日部さんは完全に肩を落としている。 P2. 長いような短いような、部室とともに過ごした4年。 漫画とアニメとゲームの日々も、夢のように煌めいて---。 「第49話 いつでも夢を」~SS補完~ P3. 大「私と咲さんと田中さんだけです!!」 大野さんは満面の笑みのまま、指を三本立ててそう宣言した。 大「他の人は立ち入り禁止です、咲さんがその条件でなら、とコスプレを許可してくれましたから!」 笹「あーー、そうなんだ…」 斑「そりゃ残念」 朽「ブーーーー!!!断固反対!!!」 朽木君は納得いかない!と主張した。 荻「…行きましょうか」 荻上さんはそう言って部屋から出て行く。 笹原と斑目もそれに続いた。朽木はまだ頑張っていたが、斑目が朽木の腕を引いて出て行った。 大「じゃあ、みなさん手伝っていただいてありがとうございましたーーー!」 大野さんはそう言って手をふる。 田「いや、すまんね、みんな…」 田中がフォローする。 春日部さんは相変わらず肩を落としていた。 P4. ガチャリ。荻上さんが扉を閉めた。 朽木君はまだ納得いかない様子でカメラをかまえている。 斑「けっこう時間かかりそうかね」 笹「そうですね、なにしろ15箱もありましたから…」 斑「朽木君、そんなとこ張り付いてないで。もう諦めたら?」 未練たらたらで扉に張り付いて聞き耳を立てる朽木君を、斑目は諌めた。 朽「諦められマセン!!!」 朽木は力の限り叫んだ。 朽「何のために重いダンボール箱運んだと思ってるんデスカ!何のために設営手伝ったと思ってるんデスカ!! 全てはこの時の為!コスプレ姿をこのデジカメに焼き付ける為!!!」 大野先輩にダマサレターーー!と騒ぐ朽木。 笹「はは…」 斑「まあ気持ちはわかるケドね」 (俺も本当はスゲー見たいしな…) 荻「朽木先輩、往生際が悪いです!」 荻上さんはあきれた声を出す。 P5. 田「んじゃ、いくよーーー」 田中が写真を撮り始める。 カシャッ、カシャッ。 シャッターを切る音にまじり、、かすかに外から「にょ~~~!」と騒ぐ声が聞こえた。 P6. (あーあ…) 斑目は構内の中庭から会議室を見上げた。 (見れなくて残念だなーーー…。ま、仕方ない、か…。こうなることは予想ついてたしなー…) がっかりしたが、春日部さんらしいなと思って笑う。 斑目はそのまま大学をあとにした。もうすぐ昼休みも終わる。 P7. ギイィ……… ゆっくりと扉があき、中から恨めしそうな目がのぞく。 大「お疲れ様でしたーーー!終わりましたよ!!」 ツヤツヤになって赤い笑顔の大野さんとは対象的に、げっそりと疲れきって青い顔の春日部さん。 P8. 大「もう咲さんが!あんなコスやこんなコス!!とっても素敵でしたよ咲さん!!」 咲「お、荻上~~~…」 荻上さんの手をとり、すがる咲。疲れて一人じゃ立てね~という感じだ。 荻上さんはスキンシップに慣れてないせいか、赤くなる。 荻「………」 笹「お疲れさまー」 朽「な、何ですとーーー!?『あんなコスやこんなコス』!!!???」 大「咲さん、今日は無理を聞いていただいてありがとうございました!!」 咲「いや、ねえ…約束だったし………」 げっそりしながらも大野さんのほうを見上げて笑う春日部さん。 大「本当に…ワガママを聞いていただいて………」 喋りながら、大野さんの目に涙が盛り上がる。 咲「……………」 それを見て少しびっくりする春日部さん。 P9. 大野さんは春日部さんに抱きついた。 春日部さんも抱きしめ返す。 大「~~~~~~っ、うう………っ」 その様子をみんな照れながら見ていた。 朽木でさえ、何か言いたそうにしながらも、茶々を入れずにそれを黙って見守っていた。 P10. その夜。 荻上さんは笹原の家に泊まりにきていた。 荻「私もやらされそうになったんですよ、コスプレ!」 笹「はは。やったらよかったのに。」 荻「やりません!…それにあれは、『大野先輩と春日部先輩の約束』ですから!」 だから、荻上さんは遠慮したのだった。 笹「ところでさ、どっちのネクタイのが合うと思う?」 笹原が両手にそれぞれネクタイを持ち、荻上さんに聞く。 荻「………………」 (ネクタイ…) つい801ワープしそうになる荻上さん。 (強攻めの笹原さんが斑目さんに………) それを振り切って言う。 荻「さ、…笹原さんならどっちも似合うと思いますケド…」 笹「え?声が小さくて聞こえなかったよ、もう一回~♪」 荻「もう言いません!!」 P11. 同じ頃。 斑「………………」 家で『最後の砦』を眺める斑目。 春日部さんが初めてコスプレしたときの写真。 (…『会長』だからじゃない。春日部さんだから………) P12. 朽「どーしてデスカーーーーーーーー!!!!!」 咲「絶っっっ………対、駄目っ!」 部室で朽木と春日部さんが言い争っている。 荻上さんは絵を描き、笹原はゲーム雑誌を読んでいる。 斑目は今日も昼休みに来て、弁当を食べ終わりお茶を飲んでいる。 P13. 咲「あんたになんか渡したら、きっとろくでもないことに『使う』んでしょーーが!!」 朽「うにょっ!!!???」 斑「…ハハ」 笹「………」 (おいおい…) 朽「にょ~~~!!それは誤解ですにょ!!ワタクシは純粋にコスプレに興味があるんですにょ!!ヒドイです~~~…」 咲「信用できるか!!」 そんな2人のやりとりを黙って見守るあとのメンバー。 斑「………」 こんな日々もあと少しか…、と思いながら部室を出る斑目。 P14. ふと向こうの角にあやしいサングラスとマスクの人影が…。 …黒大野さんだった。斑目を手招きしている。 斑「………(汗)」 大「……………」 斑「…な、何やってんの?大野さん…」 大野さんはマスクをはずして言う。 大「…ぶはー!ちょーっとこっちへ来てください!!」 2人で廊下の隅に移動する。大野さんはやけにコソコソしている。 P15. 大「………咲さんのコスプレ写真、見たくないですか!?」 斑「!!!!!?????」 斑「え!?何…」 大「この封筒に全部入ってます!あの日の咲さんの姿が、全部!!! どーですか!?見たくないですか!?」 斑「いやいやいや!!ちょっとそれはマズイでしょーーー!!そんな…本人の許可もなく…」 大「なんなら差し上げますよーー!」 斑「いやいや、いいって!春日部さんに悪いって!!」 大「…本当にいいんですか?斑目さんだから、渡すんですよ?」 大野さんは声を潜め真剣な目で、意味深なことを言う。 大「いいんですか!?後悔しますよ!?」 P16. 咲「…何を後悔するって?」 大・斑「!!!!!!!!!!!!!!」 P17. 咲「ったく、勝手に…それをこっちに渡しなさい」 大「ええ、えーとえーと、その………」 大野さんは慌てて封筒を後ろに隠す。 その時。 後ろに回した封筒が手からすべり落ち… 「!?」 バサバサッ!!! 大量の写真と、CD-Rが廊下にぶちまけられた。 …スクール水着を着てヘルメットをかぶった会長春日部さんの写真と、目があった。 P18. 「……………!!!!!!!!!!!」 大野さん、春日部さん、斑目。 あまりのことに声が出ない。 P19. 一瞬後。 咲・大「わあああーーーーーーーーー!!!」 慌てて写真を拾いにかかる二人。 (……見た!?) 見上げた春日部さんと目が合う。 目をそらす暇もなかった。 咲「~~~~~~~~~っつ!!!」 春日部さんは思わず涙ぐんだ。 P20. 咲「っこの…バカタレがーーーーーーー!!!!!」 急にキレて大野さんの頭をはたく。 朽「にょーーーーーーー!!コスプレ写真!!!」 朽木がかけよろうとするが笹原と荻上さんに服をつかまれる。 笹「まーまーここは、ね?」 荻「行っちゃ駄目です」 (………………………………………………(汗)) もう顔を上にそむけていたが、今見た写真が目に焼きついて離れない。 P21. その頃。 久我山は車で商品の納品先をまわっている所だった。 田中は専門学校で被服の実習中だった。 高坂はゲーム会社でプログラムを組んでいた。 (…何か……) この状況が急に可笑しくなって、思わず笑いがこみあげる。 P22. 春日部さんは「大野のアホ!!」と毒づきながら、恥ずかしさに顔を真っ赤にして、ばらまかれた写真を必死に拾う。 大野さんは「す、すいませんでした…」と言いながらも笑ってしまう。 朽木は変わらず「ボクチンを行かせてくだサーーイ!!この目で一目!!」と騒いでいるし、 笹原と荻上さんは笑いながらも、朽木をつかんでいる手を離さないでいた。 P23. 『ははっ』 今日は空がとても青く透き通っていた。 P24. …そして、卒業式の日がやってくる。 次号、表紙&巻頭カラーにて「げんしけん」卒業式!! そっか、卒業しても、みんな一緒だ。 END 次回予告 『次回、感涙の最終回!!絶対運命黙示録---。』
https://w.atwiki.jp/genshikenss/pages/347.html
カレーライス 【投稿日 2006/06/22】 未来予想図 四月 *** クッチーは疲れていた。 4月からようやく始めた就職活動と大学の授業で、体力だけには自身があったのだがさすがに疲れていた。 朽「にょ~…。」 荻「…大丈夫ですか?」 夕方、朽木君は珍しく部室の机の上で伸びていた。 心配になった荻上さんが声をかける。 朽「む~。毎日色々考え過ぎて頭が痛い…。体は別に平気なんだけど~…。」 疲れすぎていつもの変な口調も出ないようだ。 朽「単位取らないと卒業できないし…。さすがに留年はまずいにょ…。」 荻「自業自得とは思いますが…でも、いつもの朽木先輩らしくなくてちょっと心配です。」 朽「うう…オギチンに心配って言って貰えると…早くいつものクッチーこと朽木学に復活しないと!!」 カラ元気を出し、がばっと起き上がる。 荻「いや復活しないでいいです。なんならずっと今くらい忙しくしてて下さい。」 荻上さんにバッサリ言われてしまう。 朽「にょ~~~…」 再びへたる朽木君。 荻「…でも先輩、最近本当によくやってると思いますよ。昔に比べれば。」 荻上さんがフォローを入れる。 荻「人の話落ち着いて聞けるようになったし。偉いモンですよ。」 朽「…小学生デスカ、ワタクシ。…いや、でも本当のことだからにょ…」 荻「それに、周りの空気を読めるようになったじゃないですか。一人で騒いだりしなくなったし。」 朽「え?」 それは疲れていて騒ぐ気力がないだけなのだが、荻上さんはこんな話をし始めた。 荻「朽木先輩と、以前の私は…似てるんですよ」 朽「…ほぇ!?どこがデスカ??全然似てないにょ。ボクチン、荻上さんみたいに目が大きくないにょ」 荻「いえ、顔じゃないですよ(汗)…現視研に来る経緯とか、似てると思ったんですよ。私も先輩も、前にいたサークルを半ば追い出されるようにしてここに来たじゃないですか。」 朽「む、ボクチンは追い出されてないにょ!アニ研じゃ誰も僕を分かってくれなくて、逆ギレ勝負を挑んだら丁重に他のサークルを薦められただけにょ!!」 荻「それを追い出されたって言うんですよ」 朽「む、そーなのか」 荻「…最近、あの頃の自分を振り返ってみるんです。そうしたら、なんとなく朽木先輩のことも分かったような気がして」 朽「?どーゆーことかにゃ?」 荻「…寂しかったんです」 朽「…?」 荻「ずっと、自分がいてもいいところを探してたんです。でも、私はコンプレックスや変なプライドや、不器用さから、どこにいってもうまくいかなかった。孤立して、でも孤立している時は寂しくない、平気だと自分に言い聞かせてたんです。 でも本当は辛かった。…だから、そのモヤモヤを周りにぶつけてたんです。周りを攻撃することで自分を守ってたんです。…そうやって、また周りと溝を作る。悪循環でした。」 朽「………………。」 荻「だから、現視研に来たときもなかなか素直になれなかった。 また攻撃的になって、周りを引かせるようなことばかり言ってました。…我ながらイタいヤツでした。 でも誰も私を追い出そうとしなかった。だからここにいた。 …そのうち、ここに入り浸るようになりました。それから春日部先輩や大野先輩と話せるようになりました。 他の先輩や、…そして笹原さんとも。 私は………。」 荻上さんはいったん言葉を切った。 荻「…私は、ずっと誰かに『かまって』欲しかったんです。自分がかまってもらうことばかり考えていた気がします。本当は。 誰かに受け入れてもらうことばかり…。 でも怖くて、素直になれなくて、逆に拒絶して、周りを振り回してました。 …でもある時、この場所が自分にとっていかに大事な場所になっていたか悟ったとき、なんだか自分が情けなくなりました。」 朽「…むむ?情けないって何デ?」 荻「…自分のことばっかり考えてて、他の人の気持ちとか、思いとか、考えてなかったんです。 だから平気で人を傷つけるようなことが言えたんです。 『オタクが嫌い』だとか…私にそんなこと言う資格なんかなかったのに………。」 荻上さんは俯いた。 荻「そう気づいて、自分が今いかに恵まれているか分かったんです。こんな自分でもいていい場所があって、大切な人たちがいて…。 だから、自分を変えたいと思いました。攻撃的で悲しい自分を変えて、もっと人を思いやれるようにならないと、 大切な人たちに申し訳ない気がして。 …そして、自分もそんな周りの人たちの役に立てるように。少しでも、受けた恩を返せるように。」 朽「………………フーン…。」 (オギチン、そんな風に思ってたのかぁ…。) 荻「…で、以前の私と朽木先輩が似てるってさっき言いましたけど」 朽「へ?」 荻「…朽木先輩もそうなのかなって思ったんです。誰かに『かまって』欲しいんだけど、自分がかまってもらうことばかり考えてたんじゃないのかな、って。 でもうまくいかなくて、周りを振り回してるんじゃないかって。 私は素直じゃなかったけど、朽木先輩は逆に素直すぎて駄目なんじゃないですかね?一方通行なんですよ。 自分のことばっかりで、他の人の気持ちとか考えてないから、うまくいかないんじゃないですか?」 朽「………………………。」 荻「もっと相手のことを知りたい、分かりたいって思ってたら、人の話を聞こうと思うようになります。 そうしてたら自然に相手の人と仲良くなってるモノなんですよ。」 朽「………………………。」 荻「…偉そうに言ってすいません。 でも、もし朽木先輩がこの場所を大事に思っているのなら、私たちを仲間と思っているのなら、一度そういう風に考えてみて欲しいんです。」 朽「………オギチンはどーゆー人なのかにゃ~??」 荻「え?」 朽木君はいきなり聞いた。 朽「オギチン、今言ったでしょ。相手のことを知りたかったら、話を聞けって。 で、オギチンはどーゆー人なの?」 荻「…ええ~~?い、いきなり聞かれても…、そ、そうですね。わたすっていつも偉そうっすよね、先輩相手に」 朽「そーだね!!もっとボクチンを敬うのダ!」 荻「無理です。ていうかもっと敬えるような人になって下さい。」 朽「うわ、キツいツッコミ!!アハハハハ!」 荻「…じゃあ、朽木先輩はどーゆー人なんスか」 朽「ボク??…ボクは自分のこと、よく分かってるつもりにょ~~。ちょっと個性的で前衛的なんで、ボクチンのナイスアドリブに世間がついてこれない! 周りが理解してくれない!」 荻「ちょっとどころじゃないッスよ。それに、裏を返せば朽木先輩がズレてるから世間を納得させられないだけじゃないスか」 拳をつくり力説する朽木君にツッコミを入れる荻上さん。 朽「オギチンはネガティブだにゃ~~。もっとポジティブに生きなヨ!!」 荻「度を越したポジティブは思考停止とどう違うんですか?」 朽「む?思考停止??それって駄目なの???」 荻「…もーちょっと考えたほうがいいと思いますよ。それに、思考停止して何かが好転するんですか?」 朽「考えすぎて悪いほーに転がってったんじゃないのカナ、オギチンは?」 荻「う、反論できね…(汗)」 朽「オギチンに理屈で勝ったにょ!ヒャッホウ!!」 荻「勝ったからどーだって言うんですか(怒)」 朽「う、そんな睨まないでにょ~…。ボクチンだって、色々考えてるんだにょ~」 荻「どんなこと考えてるんですか?」 朽「さっきオギチンが言ったみたいに、ボクチンだってこの場所が大事だと思ってるにょ。」 荻「…そうですか。」 朽「ボクチンみたいなちょこっと個性的な人がいてもいい場所があるのは助かってるし。 だから空気読むとか苦手なコトでも、苦手とか言ってられないって思ってるし。オギチンや大野先輩も大事な仲間だと思ってるし。」 荻「………そう、ですか。」 朽「だから、今さら…」 荻「良かったです」 朽「え??」 朽木君が荻上さんの顔を見ると、荻上さんは少し俯きがちになっていたが、口元が少し笑っていた。 荻「朽木先輩がそう思っていてくれて…良かったです。ホッとしました」 そう言って顔を上げた。少し赤くなった顔には笑みを浮かべていた。 朽「………………………………………………………。」 朽木君はびっくりしていた。 荻「…どーしたんですか?」 朽「へ!?…いや、オギチンが笑いかけてくれるのなんて初めてじゃないかナ??」 荻「そうですか?」 朽「いやそーでしょ。昔、顔合わせたとたん舌打ちされたことあるにょ!」 荻「…そんなことしましたっけ私」 朽「うわ、忘れてるにょ!?『チッ!!』て、聞こえよがしに舌打ちして出て行ったにょ!確か去年の新歓の時!!」 荻「…そんなコト言ったら、朽木先輩に私、初対面で殴られたんですけど!」 朽「ヘ??そんなことしたかにゃ?」 荻「しましたよ!!ていうか朽木先輩こそ忘れてるんですか!?他にも色々…盗撮されたり!人のプライベートを!」 朽「まあまあ、あれは結果オーライじゃないかにゃ?どのみちそーゆー趣味があるってバレるのは時間の問題だったワケだしー」 荻「そーゆー問題ですか!盗撮自体に問題があるって言ってんですよ!!」 朽「む~。じゃあ今度は声かけてから撮るにょ」 荻「…撮らないで下さいって言ったら、引き下がってくれます?」 朽「そこで引いたら漢がすたるにょ!!」 荻「だから駄目なんですよ!(怒)」 朽「にょ~~~。人に合わせるのって、むずかしいにょ~~~…。」 荻「…でも、こうして朽木先輩と普通に話してるのって初めてッスよね。というかマトモに話せたんですね朽木先輩」 朽「…オギチンはボクを何だと思ってたんだにょ?」 荻「異性人…?」 朽「地球外生物扱い!?まさかそー来るとわ!!!(汗)」 荻「アハハハ…冗談ですよ、半分」 朽「なーんだアハハ…って半分本気!?オギチーン!!」 荻「あははは、はは…!」 荻上さんはずっと笑っていた。 その時、荻上さんの携帯が振動を始めた。 荻「あ、笹原さんから…」 荻上さんは通話ボタンを押した。 荻「はい、はい。………あ、そうなんですか?いえ…今日は遅くなるって聞いてたから。ああ、そうなんですか。 いえ大丈夫です。はい、はい、じゃまた後で………」 電話を切った。電話でのそっけない口調とは裏腹に、顔は少し緩んでいる。 朽「オギチン、帰るのかにょ?」 荻「ええ、笹原さんが今日は早く家に来れるようになったらしいんで。」 朽「フーン。」 荻「朽木先輩はどうします?もう出ますか?」 朽「いや、僕はもー少しここにいるにょ。」 荻「わかりました。最後カギかけといて下さいね。」 そう言って荻上さんは部室のドアを開け、出て行った。 恵「お、ちゅーす。」 荻「あ、…ども。」 荻上さんが帰ろうとして廊下に出た数分後、恵子とばったり会った。 相変わらず派手な格好をして、化粧も濃い。 恵「ん、今帰るとこなんだ?お姉ちゃん」 荻「…お姉ちゃんはやめて下さい。帰るトコです。」 恵「んーそっか、今部室に誰かいるー?」 荻「朽木先輩ならいますけど」 恵「あいつか…うーん、せっかく来たんだけどなー…」 恵子は考え込むように顔を横に向けた。 荻「…恵子さん、もう来ないと思ってました。高坂先輩とか春日部先輩が卒業したから」 恵「ん?それはもー部室に来んなってことっすか?」 荻「え、いや、そういう意味で言ったんじゃないっす。」 恵「あ、そー。まーいいけどさー。何でお姉ちゃん、敬語なの?年上なのにィー」 荻「いつものクセです。だからお姉ちゃんはやめてと…」 恵「ふーん。ていうかー、じゃあ何て呼んだらいいわけ??」 荻「えーと…ふ、普通に」 恵「普通?荻上ーとか?えーつまんねーなー。あっ、オギッペは?前に春日部ねーさんが呼んでたし」 荻「…どっちでもいいです。」 恵「じゃーオギッペね。ワタシのこともさ、恵子でいーし。呼び捨てでさ」 荻「え、よ、呼び捨てっすか?」 荻上さんの顔が少し赤くなる。 恵「えー何照れてんの、オギッペ。うわ、カワイーー!!」 荻「か、からかわねーで下さい!そんじゃわたすはこれで!」 焦ってなまりが出てしまう荻上さん。 ニヤニヤしながら、荻上さんの走ってゆく後姿を眺める恵子。 廊下を走りながら、荻上さんは考えていた。 (呼び捨てかァ………こういうのって中学生ん時以来だァ………) 口元がほころびそうになるのを必死で抑えていた。 部室では朽木君が、珍しく色々考え込んでいた。 (ウームム…他の人の気持ちを考えてないから、かあ………。一方通行かあ…。 ボクチンなりにちょっとは考えてたつもりなんですがのう?いつも読みが外れたりするにょ。 いや、うーん…そんなに深く考えてはなかったのかにょ? でもどーせ他人の思ってることなんてその本人にしかわからないしのう。 だいたいボクチンはそーゆーの苦手なんだよ。) (………って、さっきまではそう思ってたにょ。 でも………うーん………) さっき荻上さんが笑ったのを思い出した。 自分が思ってたことをそのまま言っただけなのだが、喜んでくれた。珍しいことだ。 (さっき何て言ったっけ?「大事な仲間」って言ったんだったっけ。 いやでも、あれ言ったのはオギチンが「私達を仲間と思ってくれているのなら…」って、言ったからにょ。) (んで、オギチンが「安心しました」って笑ってくれたんだにょ。 それで、何だか………。 こっちもホッとしたんだにょ。) (ふむ、これが「他の人の気持ちをナントカ」ってやつなんですかね? ムム、そーかあ………。) そこまで考えたとき、部室のドアがノックされずにいきなり開いた。 恵「ちわ!」 朽「あ、笹原先輩の妹サンだ」 恵「…そーだけど。笹原の妹はやめろよなー。恵子って名前があるんだからさ。ていうかー、アイサツしてんだからアイサツで返せば?」 急に不機嫌になる恵子。 朽「はあ。恵子サン」 恵「何?」 朽「1回呼んでみただけにょ」 恵「あっそう」 恵子は近くの椅子に座った。まだ機嫌は直らない。 恵「あーあー、つまんねー!せっかく来たのに、オギッペ帰っちゃうしさー。あんたしかいないしさー」 朽「大野先輩は就職活動で忙しいにょ。ボクチンもだけど」 恵「フーン………あんた就職活動してんだ」 朽「してるにょ」 恵「………ワタシもなんだけどさぁ」 朽「そーなんデスカ??」 恵「専門学校、去年の秋に中退しちゃったからさー。勉強つまんなかったし、いいんだけどー! でもそろそろさぁ、仕事探さないとさー。このままバイトっつーのもさー…」 恵子は小さくため息をついた。 朽「何かバイトしてるのかにょ?」 恵「今は居酒屋のバイトしてるけど。でもずっとそこってワケにはいかないしィ。 あーもう、考えるのめんどくせー!」 そう叫んで机にガバッと伏せた。 朽「考えるのめんどくさいのはボクチンもにょ~~。エントリーとかイチイチめんどくさいにょ!何で面接が3次まであるにょ! いっぺんで終わらせて欲しいにょ!何で不採用の通知に1週間もかかるにょ~!」 恵「へー、そーなんだ…」 朽「ム、就職活動やったことないにょ??」 恵「そーゆーちゃんとしたのはやったことない。バイトの面接だったらもっと簡単だしィ」 朽「フーン」 恵「でもなかなか決まらないんでしょー?兄貴も大変そうだったしー」 朽「まだまだ就職難ですからにょ……」 恵「あーもう、働きたくねー!」 朽「働きたくねーーー!」 恵「でもプーもヤなんだよねー」 朽「ボクチンも就職浪人は嫌だにょ!」 ………妙なところで息が合った二人であった。 (…とは言っても。ホントにどーしよ…) 恵子は悩んでいた。部室を後にし、兄貴の家に向かっているところだった。 兄貴に連絡したら、「今日は俺、荻上さんのとこに行くから好きに使え」…とメールで返信が来たのだった。 普段兄貴や周りの人に将来のことを聞かれたときには軽く受け流していたが、これからの自分のこと、将来のことについてやっぱり不安がある。 今まで好きなようにやってきて、深く考えずに行動していた過去の自分。 …いや、考えないといけないことをずっと先延ばしにしてきたのだった。 最近、たまに家帰ると、放任主義の親にもさりげなく聞かれる。「どうするつもりなのか」…と。 (『どうするつもりか』って………。わかんねーよ。そんなんこっちが聞きたいっつの。どーしたらいい?って。 どーせ自分のことは自分で考えろ、とかありきたりなことしか言われねーんだろーけどさー………。) (………………………) (特に何がしたい、ってのがないから困るんじゃん………。具体的なモンがないから………。) 春日部ねーさんのことを考える。 (…ねーさんはカッコいいよなあー…。自分のやりたいことがあって、それに対してサクサク行動してさー。 自分の店まで持っちゃってさー。あんなカッコいい彼氏までいてさー。) 高坂さんのことは今でも好きだが(やっぱ男は顔でしょ) …でも今はむしろ、春日部ねーさんと仲良くなれたことの方が良かったと思える。 (そだ、春日部ねーさんに会いいこっかな。ねーさんならちゃんと話きーてくれそーだし。うん。店行ってみよー。 閉店してからなら話す時間あるっしょ。) 心を決めたときの恵子の行動は早い。さっさと目的地を変更して、駅から新宿行きの切符を買ったのだった。 END 続く。 オマケ 荻上さん宅にて。 笹「こんばんは。」 荻「こんばんは。…どうぞ。」 笹「あ、ごはん作ってくれたんだね。」 荻「ええまあ、待ってる間時間があったんで…」 笹「………またカレー…(ぼそり)」 荻「…嫌なら食べなくていーです」 笹「え、い、嫌だなんて!俺カレー好きだし!ありがとう荻上さん!」 荻「…言い方がわざとらしいです」 笹「いやホントに!………………この前の肉じゃがよりは………………」 荻「何か言いました?」 笹「え?いや何でもないよ?あははは………」
https://w.atwiki.jp/genshikenss/pages/339.html
チェーン 【投稿日 2006/06/17】 カテゴリー-現視研の日常 3月も2週間を過ぎようとするある晴れた火曜日。荻上千佳は現視研の部室で個人誌用のネームを 書いていた。だいぶ春らしく、暖かくなった午後。昼過ぎにはいつものように斑目がコンビニ弁当を 提げて現れ、いつものように中身のない会話をして昼飯を平らげ、会社に戻って行った。 春休みも佳境で、キャンパスに人影は見当たらない。部室までの道行きで誰にも会わなかったし、 斑目が来なければ今日は1日言葉を発せずに終わったのではないか……そんなことを考えていた頃。 部室のドアノブが遠慮がちに回され、鉄扉がゆっくりと開いた。 千佳が顔をめぐらすと、そこには笹原完士が立っていた。千佳を認めるとうれしそうに微笑むが、 眉間には疲れが見て取れるしスーツも皺だらけだった。 「あ、笹原さんこんにちは……なんか疲れてるみたいですよ?」 「や、こんにちは、荻上さん。徹夜あけなんだよ~」 笹原はパイプ椅子を引き出すと千佳の隣に腰をおろした。後ろの本棚に背中をもたせかける。 「え~?なんでココ来てんですかぁ?帰ってお休みになったらいいじゃないですか」 「荻上さん今日部室で漫画描いてるってメールに書いてたじゃない。だからこっち来たら会えるかな って」 「あ、ええ、ココでやるとネームの進みがいいんで。あれ?メールって言えば笹原さん、明日まで カンヅメって書いてませんでしたか?」 「奇跡が起こったんですよ、それが」 笹原は卒論提出後、週のほとんどを四月からのはずの勤務先に出社していた。実務研修という名目 だったが、要するに人手の足りない会社で一足早く雑用をさせられているのだ。週末からこちらは、 教育係の社員が担当している雑誌の締め切りに巻き込まれ、二人は電話とメールでしか会話していな かった。 「先生に神が降りてきてさ、原稿上がっちゃった。俺は先輩と一緒にいたんだけど、あれにはオドロキ」 ネームの段階で行き詰っていた作家に強力なインスピレーションが降ってわき、締め切り大幅超過 を覚悟していた原稿が一晩で完成したのだと言う。 「荻上さんもそんなことってあるの?」 「経験ないっすねえ。あはは」 笹原は肩越しに、本棚から漫画雑誌を取り出して読み始めた。千佳の手はノートの上で忙しく動いて いる。 「……だいぶあったかくなったねえ」 「そうですね」 「今描いてるのも個人誌?」 「はい。またゴールデンウイークに即売会出るんで、それ用なんですけど」 「ジャンルは?ハレガン?」 「そのつもりです。劇場版もDVD出ちゃいましたし、たぶん最後かなーとも思うんで」 「けっこう評判よかったんでしょ?なんか賞でもとれば、もうちょっといけるんじゃないかな」 ……なんのことはない、とりとめのない会話。いつもこの部屋で交わされている心地よい雑音たち。 千佳の瞳にふと影が差す。笹原に気づかれないように目をぎゅっとつぶり、それを打ち消す。 「あー、あと10日で卒業式かー」 笹原がぼんやりと口にする。千佳の瞳に、ふたたび影がゆらめいた。 「……そうですね」 「もう毎日フツーに通勤してるから、むしろこっちに顔出せるほうが新鮮だよ、なんか。毎日ココに 来ちゃう斑目さんの気持ちが解るよーな、解んないよーな」 「笹原さんは……卒業したら、現視研にはもう来ないんですか?」 「え?いやー、来る気はあるんだけど、勤務時間メチャメチャだからねー。あはは」 「春日部先輩も」 「うん?」 「……もう、ほとんど新宿住まいだって言ってました。高坂先輩も仕事場で生活してるようなもん だって」 下を向いたまま話す千佳に異変を感じる。ペンは握っているが、なにも描いていない。 「私は毎日ここに来て……夕方まで原稿描いて……でも……誰も来てくれないんです」 「荻上さん……?」 「斑目先輩がお昼食べて帰ると、もう誰も来ないんです。笹原さんも、春日部先輩も、高坂先輩も、 大野先輩も。なんか……この世に私ひとりっきりになったんじゃないかって気分になるんです」 ぎゅっと目を閉じ、搾り出すように話す。 「私。……卒業式が終わっても……4月になっても、なんにも変わらないんじゃないかって私、 思ってたんです」 「……」 「ここに来てれば、いつでも笹原さんの顔見られて……あと斑目先輩や、春日部先輩たちもちょく ちょく来て、特になんでもない会話して。私はその横で漫画描いてて、……時々、笹原さんと斑目 先輩のこと妄想したりして」 「……あ、妄想は今でもしてるのね」 「朽木先輩がロクでもないこと口走って、春日部先輩にひっぱたかれたりして。……そんな」 千佳が口ごもる。言葉の後半は細かくふるえていた。 「そん……な日が、ずっと続いてくって……お、思ってたんです。バカですよね私、昔のアニメじゃ あるまいし、いつまでも同じ日が続くわけないのに」 笹原は千佳の肩に手を置く。千佳は彼の胸にしがみつき、突っ伏してしゃくりあげた。 「みんな……いなくなっちゃう」 「……」 「前に大野先輩が言ってたこと、だんだん身にしみてきました。私がここに来たとき、私をここに おいてくれた人たちが、どんどんここに来なくなっちゃう。私だけが現視研に取り残されてく……私 だけがこの部屋につなぎとめられてる」 「荻上さん」 「……」 くたびれたスーツのズボンの膝に、暖かい水滴が落ちる。 自分の脚に覆いかぶさる千佳を抱いたまま、笹原は彼女の頭をなでていた。千佳の肩の震えが おさまるまで、何度も、何度も。 何分経ったのだろうか。いつか千佳の呼吸は規則正しく、穏やかなものになっていった。 「……そういえばさ。初めてうちに来たときの荻上さん、ヤバかったよなー」 笹原は急に明るい口調で話し始めた。千佳は笹原の膝の上で目を開ける。 「覚えてる?一言目が『オタクが嫌いな荻上です』って。ありえなくない?」 「あ、あのときは……っ」 思わず身を起こして抗議する。 「大野さんとも真っ向対立だったよね。春日部さんは春日部さんでオタク呼ばわりされて怒ってたし」 「だってウチなんかにいるんですよ?オタクだって思うじゃないですか」 「それと朽木君。考えてみると結構がんばってフォローしようとしてたんだよね、あん時さ。…… まあ、結果は伴なわなかったわけだけど」 「暴力振るう人なんか最低です」 「盗撮もされたし?」 「ハイ!」 「今もウザい?」 「とーぜんです!……まあ、前よりは幾分マシになったんじゃないですか?」 「おー、高評価だー」 「幾分です。イクブン」 「荻上さん」 笹原は千佳の顔を覗き込んだ。 「荻上さんとみんなの関係。俺とみんなの関係。俺と、荻上さんとの関係」 「……?」 「全部さ、現視研が中心になってるじゃない」 にっこり笑ってみせる。 「俺は4年前に現視研に来て、みんなと仲間になることができた。荻上さんもここに移ってきて、 まあ色々あったけどさ、今はみんな仲いいじゃない。……それに、荻上さんがうちに来なかったら、 俺はひょっとしたらきみのことを、顔も知らずに卒業してたかもしれない」 言われて、気づいた。もしも、椎応大学に現視研がなかったら。漫研で受け入れてもらえなかった 自分が、たとえば学内のほかのサークルでも溶け込むことができないまま、この2年を過ごしていた としたら。 高校の制服を着た自分がフラッシュバックする。趣味に没頭することで自分の過去を……その 趣味自体がもたらした傷を封じ込めようとあがいていた3年間。自分に差し伸べられる手を拒否 することで、自分の心を守れると思っていたころ。 もしこの大学生活が、あの時と変わらない日々だったら。もしも笹原さんと出逢うことがなかっ たら。ふたたび目に涙があふれる。 「そんなの……やです」 「ああ!ごめん、そんなつもりじゃなくてね」 笹原は慌ててハンカチを探すが見つからない。一瞬悩み、今度は笹原の方から千佳を抱きしめた。 「現視研はさ、『つなぎとめられる』ようなものじゃないってこと。荻上さんは『取り残されてる』 んじゃないんだよ」 千佳の涙は笹原のワイシャツに吸い取られてゆく。 「俺たちがこれから色々な道を行くことになっても、そのスタート地点には必ずこの部屋がある。 俺たちが迷子にならないように、現視研と俺たちは細くて長いチェーンでつながっているんだ。 暗くて道が見えないときは、少しの光でもちゃんと輝くように。吹雪や嵐にさらされても、簡単に 千切れたりしないように」 「チェーン……」 「怪物をつなぎとめる太くて乱暴な鎖じゃない。どこかに行こうとするのを阻む檻でもない。雨や風 で簡単に切れるような糸とも違う。ただそこに在りつづけて、永遠になくならないもの。荻上さん、 現視研はね、たぶんそういう場所なんだと思うよ……って、んー、解りづらいよなー、俺説明ヘタ だなー」 「ううん、解ります!……たぶん、笹原さんの言いたいこと」 頭をかく笹原にそう言う。漠然とではあるが、千佳の頭に彼女なりのイメージが沸いていた。 ファンタジーRPGの宿屋だ。みんなが集まり、話し、冒険の旅に行き、また帰ってくる場所。遠大な 旅を志し、なかなか戻ってこないものもいる。あるいは近場のダンジョンで気楽に過ごし、毎日の ように食事に来るものもいる。それでも、彼らが冒険を終えた後に目指すのはこの場所なのだ。 疲れを癒し、友と語らい、英気を養って、また冒険に赴くために。 私もいつか行くのだ、と彼女は思った。今はまだその時ではないのだろう。でもいつか、誰か 仲間とパーティを組んで、遠い冒険の旅に出てゆくのだ。……それならば。 その時までは私はこの場所を守ろう、と千佳は思う。たまには客がいなくいなることもあるだろう。 荒くれ者が入り込んでくることがあるかもしれない。私にどこまでできるかわからないけれど、 とにかく私はこの宿屋を守ろう。旅の途中で疲れた者を受け入れられるように。旅を終えたものが 安らかに眠れるように。そしていつかまた、新しいチェーンがこの場所から伸びてゆけるように。 「笹原さん……私、また自分のことばっかり考えてたみたいです」 笹原の胸に抱かれたまま、千佳は言う。 「春の新歓で会員が増えなかったら、ホントに現視研の存続の危機なんです。そんなときに私が こんなこと言ってたら皆さんに申し訳ないですよね」 「うーん。この春には新入会員、欲しいよねー」 「私、もっとがんばります。今なら大野先輩もいますから、サークルとしてのインパクトは学内随一 って言えるし。大野先輩にはいろんなコスプレしてもらって、私はコピー誌とか作って現視研紹介して」 「えーと、朽木君は?」 「思ったんですけど……こんな言い方していいのかどうか……『こういう人でもサークルこなせる』 っつう見本にならないすかね?あの人」 「あはは、いーねソレ。去年の変なコスプレ、まだ彼ハマってるんでしょ?田中さんにウケ狙い重視 のやつ作ってもらって……着ぐるみとか露出度の低いやつね、そのカッコで司会とか力仕事とかして もらえばいいよ」 「目に浮かぶようです……ちょっと複雑な気分ですけど」 「朽木君、笑われるの好きだからね、いけるよきっと。あと紹介誌だったら久我山さんにもカット 提供してもらえばいいし。そうだ、高坂君とコンタクト取れたら、プシュケにうちの出身がいるって アピールできるよ……てか、堂々とやるのはビミョーかな……俺もさ、手伝えることはするから」 「ありがとうございます、笹原さん。なんか元気、出ました」 すこし名残惜しかったが笹原から離れ、自分の椅子に座りなおして思いをめぐらす。今日描いて いたのは個人誌用のネームだが、新歓用のコピー誌に集中するほうがいいだろう。笹原はサポート してくれると言うが、実質これも個人誌だ。 ぼんやりと冊子の構成を考え始めたとき、いきなり目の前にブルーの箱が出現した。 「……?」 リボンのかかった箱は手のひらに載っている。手は、もちろん隣にいる笹原のものだ。笹原は 千佳の顔を、なんだかとてもうれしそうに見つめている。 「わ、……え?なんですか?」 一瞬わけがわからず顔を引き、笹原を見つめ返す。 「そんな、がんばる荻上さんにプレゼント」 「え?どうして」 「今日、ホワイトデーでしょ。先月のお返し。今朝仕事あけて、新宿で開店と同時にデパート行って 買ってきた」 「ええ?え?まさか私に会いに来たって……このため、ですか?」 「ん」 「そんな……申し訳ないですよ!私なんかなにも」 「なに言ってるの。バレンタインデーの時にはおいしいチョコご馳走になっちゃったしさ」 「い、今だってあんな重たい愚痴聞いてもらっちゃって」 「いーんだって。俺があげたいの。荻上さんに」 笹原が強い口調で言うと、千佳はなにも言い返せなくなる。 「う、ん、はい。ありがとう……ございます……」 「中身、開けてみてよ」 白いリボンを解き、箱を開けるとアクセサリーケースが出てきた。その中からは銀のネックレス。 「わ……きれい」 手にとって見る。二連のプラチナのネックレスで、薄く丸い金のペンダントヘッドがそれぞれの チェーンに通してあった。 「つけてみてくれない?」 鎖の端を首の後ろに回し、つなぐ。 「えと、こう……ですかね」 「うん。ねえ、髪、下ろしてみてもらってもいい?」 「……はい」 言われるままに、頭の髪留めを外す。自分ではゴワゴワしていやだと思っている黒い髪が、意外な ほどふわりと頬に当たった。恥ずかしくて、笹原の顔をまともに見れない。こわばった顔で横を 向いていると、彼は髪をそっとなでた。 「髪下ろしてるほうが可愛いよ、荻上さん」 「……なに言ってるんですか、もう」 「卒業式の日さ、それつけてきてほしいな。髪もその感じで」 「やですよ、恥ずかしい」 「えー」 「やですっ!」 「まあ、考えてみてよ」 「……考えるだけですからね」 笹原はイスに座ったまま千佳に近づき、彼女の肩に手を置く。千佳が身を固くする。 「荻上さん」 千佳の顔を見つめる。千佳も笹原の目を見つめ返す。 「笹原……さん」 二人の影が近づき、そして……そして現視研のドアが大きくノックされた。 「おっはよーございまあすっ!」 勢いよく入ってきたのは大野加奈子だ。いつにないハイテンション。後ろから恋人の田中総市郎も 顔を覗かせるが、明らかに彼女に気圧されている。 「お二人ともお久しぶり!今日はいーお天気ですねー」 とはいえ、いま一番心拍数の高いのは笹原だった。 「あっあっおっ大野さんに田中さん、ご、ご無沙汰してます。今日はいっ一体……」 「うーふふー。来週の咲さんとの撮影会の衣装の整理なんですー。ちょうど田中さんも空いてたんで 来ていただいたんですよー」 「よっよう笹原、しばらくだな」 「あらぁ、荻上さんは原稿書きですか?」 加奈子は硬直している笹原の横をすり抜け、千佳の方へ歩いてゆく。しまった!笹原は思った。 こんなタイミングで来られたらまた荻上さんが! 「荻っ……」 「あ、大野先輩こんにちは。田中先輩も」 振り向いた笹原の視線の先には『いつもどおりの』千佳。ネックレスはしまい込まれ、頭頂には 筆の穂先が屹立している。 「って元に戻ってるし!ハヤワザ!?」 「?どうかしたんですか?」 「いっいえ……なんでもない、です」 「ちょうどよかった、大野先輩と田中先輩に春の新歓の件でご相談したいことがあったんですよ」 「いーですよお。なんでも相談にのりますよおー。ねー田中さぁん」 なにか変だ。笹原は声を殺して田中に尋ねる。 「田中さん?今日の大野さん、なんかおかしいですよ?お二人何かあったんですか?」 「笹原なあ」 田中は頭をかく。同じくささやき声で返答する。 「ソレはお前の胸に聞け」 「……!!?」 ばくん。笹原の心臓が跳ね上がった。ま……さ、か。 「お……大野さんちょっと田中さん借りますぅっ!!」 田中の腕を引っつかみ、火のついたような勢いで部室から飛び出す。室内は千佳と加奈子だけになる。 「……どうしたんですかね、笹原さんと田中さん」 「さーねえ。さあさあ荻上さん、相談ってなんですかぁ」 5分後、サークル棟の階段裏で笹原は、久しぶりになる『やられた』表情を顔に貼り付けていた。 田中から衝撃の事実を聞いたところだったからだ。……また、やられたのだ。田中と加奈子は、 現視研の向かい斜め上にある部屋……児童文学研究会の部室から、笹原と千佳を観察していたのだ。 「い……いったい、いつから」 「たぶん最初から」 「……どのあたりまで」 「1回目のクライマックスまでかな」 その日、現視研の部室で田中を待とうと思っていた加奈子は、遠くから歩いてくる笹原を見つけた。 部室に千佳がいることは知っていたから、これはチャンスとばかり田中を呼び出して二人で児文研に 忍び込んだのだ。まあその、なんだ、と煙草に火を点けながら田中は続けた。 「お前らがものすごく順調なのはよく判ったよ。とりあえず心配すんな。さっきのことは俺と大野 さんだけしか見てないし、絶対誰にも言わないって大野さんと決めたから。荻上さん、あの感じ じゃ気づいてないだろ?」 「……すいません」 「いやいや、仲のいいのはいいことじゃないか。って俺なんかお前の親父みたいなコメントに なっちまってるなあ」 「すいません」 「謝るなって。だけどなあ笹原」 田中は笹原と並んでしゃがみこみ、肩に手を回す。 「はい」 「部室でアレはやりすぎだ」 「……は?」 「やはりなあ、そういうことは、だ。しかるべき場所でしかるべき手順でだな。お前ら家も近いん だし、なにもそんな高校生じゃあるまいし。ここらはホテルだってたくさんあるんだから」 「ホテル?あっあの?」 「ま、そんなこと言いながら俺たちもまーその、なんだ、いやいや」 「……田中さん?」 「ん?」 「俺たち今……その、キス……とかもしてなかったんですが、なにか勘違いをしてるんじゃ……?」 「なに?……あれ?え、どういうこと?」 どうせ見られてる。笹原はさっきの経緯をかいつまんで説明した。田中がなにか思い違いを しており、それに対する興味が恥ずかしさを上回った。 説明を終えると、今度は田中がうろたえ始めた。 「……え?それだけ?荻上さんが泣いて、お前が慰めて、それだけ?」 「それだけって言われても……」 「だ……だってお前、あれはどう見ても」 「え?」 「あ、いや、いやもういいんだ、すまん……えーとそうだな、荻上さんがさ、お前に抱きついたろ?」 「……はい」 「アレ見て俺たち、てっきり」 「てっきり?……って?え……え?つまり」 「……最後までイッちゃったんだと……」 妄想は止められない。……いつだったか、笹原自身が使った言葉だ。いまその言葉を、笹原は 噛み締めていた。自分の顔はきっと今、赤面を通り越してる。 最後の力を振り絞り、笹原は田中に懇願した。 「田中さぁん。このことホンットに荻上さんに言わないでくださいねええ」 「お、おう」 「それにさっき言いかけたのって、つまり田中さんも大野さんと児文研の部屋で……。大野さん、 顔ツヤツヤしてましたもんねえ?どうかお互いに秘密ってことでひとつ」 「……笹原……おまえ、カンが鋭くなったというか……駆け引き巧くなったな」 「イノチがけですもん、ある意味。……戻りましょうか、部室?俺、ちょっとトイレ行って顔洗って きます」 「おう。じゃあ先に行ってるわ」 大野さんの方は田中さんが念押ししてくれるだろう。むしろ、俺の様子で荻上さんがなにか 気づかなきゃいいけど……。笹原は、歩きながら深呼吸した。 春らしい暖かい空気が肺を洗ってゆく。田中が先を歩いて向かう現視研の部室の方向をながめ、 次に自分の足元を見る。 あそこから、ここまで。目には見えないが、きらきらと光る細いチェーンがつながっている。 苦し紛れで千佳に説明した、チェーンのこと。寝不足の頭でショップを何軒も回り、あの ネックレスを見たときにこれだと思った。買い物馴れしている咲なら笑うかもしれないが、 けっこう勇気の要る金額だった。 千佳にさぐりさぐり語ったチェーンの話は、ネックレスのことで頭の中が一杯になっていたから だったが、話した内容はその場しのぎではない。以前から笹原が現視研に感じていたことだ。 我ながらたどたどしくはあったが、どうやら気持ちは千佳に通じた、と思う。現視研という場所が 自分に与えてくれた、一番大切な人に、自分の思いの一片でも示すことができたなら……その欠片を 繋げることができたなら本望だ。 部室では千佳が、笹原を待ちながら加奈子と新歓の打ち合わせをしていた。計画の骨子は理解 してもらえたのだが、案の定加奈子は千佳にもコスプレを強要していた。今しがた戻ってきた田中 にも、加奈子を止める気配はない。 「そこまで張り切ってるんなら荻上さんもしましょーよ、コスプレ!」 「だからそれとこれとは話が別だって言ってるじゃないですか!朽木先輩にも着ぐるみ着せるん だから、全員がコスプレじゃかえって怪しいサークルになっちゃいますっ」 「じゃあ、じゃあですね、交代でどうですか!午前中がわたし、午後は荻上さんが」 「ソコから離れろ!」 息を切らしながら、千佳は考えていた。もうじき部屋に戻って来てくれる笹原のことを。あと 何回会えるか判らない、咲や高坂のことを。 ここから、あそこまで。みんなの足元まで伸びるチェーン。 さっき慌ててズボンのポケットに隠した、笹原のプレゼントを意識してみる。二連のチェーンは、 彼と私をイメージしてくれたのだろうか。 「わかりました!新歓ではやりませんけど、こうしましょう」 「はい?」 「新入会員3人ゲットしたら、大野先輩の卒業のときに合同コスプレ撮影会!」 「!」 加奈子の双眸に火が宿る。 「言いましたね荻上さん!笹原さんも聞きましたね!」 「え?笹原さんいつの間にっ」 「荻上さん……なんてこと約束してんの」 あちゃー、ちょっと失敗したか?……いや、かまうものか。 どんな道を歩いていったって、チェーンは必ずつながっているのだから。 side大田 田中が加奈子から電話を受けたのは、大学前の駅を降りたときだった。 「ああ大野さん、今ちょうど……え?」 「いいから!大至急児文研の部室へ来て下さい!」 「児文研って……ええ?また誰かのこと見てるの?」 「荻上さんが来てたのは知ってたんですけど、さっき笹原さんが部屋に入っていくのが見えたん です。ふふふ、これは楽しい事が起きる予感がしますよぉ」 「大野さん……あんまりソレばっか熱中しない方が……」 「何言ってるんですか田中さん!あたしは会長として神聖な部室を汚されないようにですね」 「……それなら直接現視研に行った方が確実でしょー?」 「いーから!もうっ、ノリの悪い人ですねえ」 最後のセリフの途中から、加奈子の声がくぐもった。あ、マスクした……田中は確信し、 サークル棟へ向かった。 児文研のドアをあけると、すでに窓際にかがみこんでいる加奈子が見えた。他に人影はない。 「今日は大野さんだけなの?」 「さすがにこの時期学校にきてる人なんかそうそういませんよ、はじめから田中さんにしか声 かけてません。それより早く早くう」 「……趣味わるいなあ」 「なんですか?」 「あっいや」 主張もそこそこに、加奈子の隣にかがみこむ。向かいの棟の窓の奥、ポスターの隙間から 見えるのは荻上千佳と、その奥に座る笹原完士だった。表情はまったく読み取れないが、体が 動く様子で会話をしているということは判る。 「……実は、ちょっと荻上さんのことが心配だったんです。休みに入って何度か顔合わせて ますけど、明らかに元気なかったし。笹原さんはお仕事が忙しいみたいで、あんまり会って なかったみたいなんですよ」 「ああ、もう働かされてるんだってな」 「帰ってくる時間も遅くて、寝に帰ってるみたいなもんですって。荻上さんは平気なふり してますけど、寂しいと思うんですよね……。わたしは田中さんでよかった」 くるりと振り向いて田中に微笑む。マスクは早々に外したようだ。田中は加奈子に笑顔を 返す。……いろいろな寂しさを知っているこの人は、人の寂しささえ許せないのだ。去年の夏、 あの二人に何があったのかは後になってから加奈子が詳しく説明してくれた。 『荻上さん、本当によかったですね~』 目をうるませて自分に同意を促す加奈子の姿は、まるで娘を嫁にやる母親のようだった。 そんなふうにからかっても、加奈子は平気な顔をして言ったものだ。 『だって、自分が認めてもらえるのはとても幸せなことじゃありませんか。わたしは田中 さんに認めてもらえたから、次の誰かが認めてもらえるお手伝いをしてあげたかったんです。 幸せが次の人につながっていくのも、また幸せなことですからね』 いま加奈子は、その相手を見守っている。……ノゾキ行為だが。 「な、なあ大野さん、二人とも楽しそうじゃないか」 加奈子の肩に手をかける。 「もういいだろ?そろそろあっち行って、冷やかしてやろうよ」 「しっ!」 「え?」 加奈子は窓の外を凝視したまま肩の手を探り、握りしめる。 「あ……っ!」 「大野さんどうしたの……っうお!?」 取り乱し始めた加奈子に異変を感じ、再び階下の窓を凝視する。 現視研の窓の内側では、千佳が笹原に抱きついていた。 「な、なんという……笹原、やるなあ」 「……というより……やりすぎ……ですね、はは、あ、あんまり二人がエスカレートしない うちに行きましょうか?」 言葉ではそう言いながら、加奈子はその場を動こうとしない。田中の手を握る力が増して きた。呼吸が荒くなる。 「そ……そうだよ大野さん、俺たちはデバガメ目的でここに来たわけじゃないんだ。あくまで 彼らを見守るために、だな」 笹原、そうだ、笹原はこの部屋のことを知っている。覗かれる可能性がある場所でまさか そんな……まさか……ええっ? 加奈子が息をのんだ。田中の視界に入ってきたのは、笹原の腰にかがみこむ千佳の頭だった。 「(さ……っ)」 あわてて窓に背を向ける。な……なにしてんだ笹原!?ウソだろ? 肩越しに再確認する。笹原の膝の上では、千佳の頭がリズミカルに動いていた。笹原が彼女の 髪をかき上げる。 「(笹原ぁーーーっ!!!)」 539 :『チェーン ~ side大田(4/4)』 :2006/06/17(土) 12 54 52 ID ??? 俺にテレパシーが使えれば!田中は冗談抜きで願った。それがダメなら、俺じゃない誰かから 奴に電話でもかかってくれないものか。 「まずいよ大野さん、さすがにこれは……大野さん?」 震えながら握る手の力が強くなる。気分でも悪くなったか?大丈夫か……声をかけようと中腰 になったとき、跳ね起きるように加奈子が立ち上がった。田中の背中に両手を回し、全体重を 彼に預ける。 「んむうっ!?」 田中の口を加奈子の唇が覆った。あたたかく湿った感触。 加奈子は田中の唇を舌でこじあける。熱く甘い吐息が田中の口腔に充満する。 「……くはあっ」 加奈子による蹂躙は永遠に続くかと思われた。堪らず唇を離し、空気を求めて喘ぐ。彼女の 唇はさらに田中に追いすがり、二人は折り重なって床に倒れた。 「田中さん!田中さんっ…!」 すすり泣くような囁くような、加奈子の声。甘く濡れた瞳。彼女の手が、何かを探し求める ように田中の体の上をさ迷う。胸に肩に脇腹に腰に。 「田中さん……わたし……わたし、もう……っ!」 加奈子の手は目標を探り当てた。 田中は彼女に気付かれないように、ひとつ小さく溜息をついた。児文研の入口を施錠していた ことを思い出し、少し気が楽になる。加奈子の背中に手を回し、彼女を強く抱きしめた。 「(笹原……場合によっては恨むからな)」 後に自分たちの勘違いに気付いた二人が、このことを誰かに話すことはなかったという。 もちろん、田中が笹原を恨む筋合いも存在しなかった。
https://w.atwiki.jp/genshikenss/pages/374.html
終わらない夏 【投稿日 2006/08/22】 カテゴリー-現視研の日常 荻上会長の下、無事に終了したコミフェス後のこと、お盆も過ぎて 日暮れとともに涼しくなるかと思われたが、暑い日々が続いていた。 「予約していた9人っすけど……。あと、焼き網も2つお願いします。」 「お待ちしておりました、テーブルこちらになりますので、ご案内いたします。」 半袖カッターにネクタイを外した姿で、斑目を先頭にゾロゾロと歩いて 案内された席に向かうのだった。屋上にテーブルと椅子が並んだホールには 少し時間が早いのか、まだ斑目たち以外は2組ぐらいしかお客は来ていない。 荻上さんが斑目のすぐ後ろを付いていく。 「斑目さん、ココはよく来られるんですか?」 「あー、まぁ、先月会社で来てネ――。ところで笹原遅れるけど来れるって?」 「ええ、あと1時間ぐらいで来られるそうです。」 「集合時間を遅くしても良かったかねぇ。」 「いえ、仕事が終わる時間も確定して無かったそうですから。」 そんな斑目と、荻上さんの後ろから歩いてきてた春日部さんも話に入ってくる。 「平日の夜だし時間も早いし、最初に言い出したアタシの都合だかんねぇ。」 「俺はだいたい定時に帰るから良いけどサ。コーサカも休みだって?」 「遅い盆休みなんだよ。後ろで歩きながら寝てっけど(苦笑)。」 椎応大にほど近いデパートの屋上のビアガーデン。コミフェスで顔を 会わせたりしたが、飲み会では久しぶりに集まる現視研の旧メンバー達だった。 「お料理お飲み物、バイキング形式でセルフになっております。 こちら焼き網になりますので、肉とお野菜もあちらにございます。 それでは閉店22時まで飲み放題になりますので、ごゆっくりどうぞ。」 暑い中かっちりと洋食のウェイトレス姿をした店員の説明を受け、 各自まずは料理やビールを取りに行くのだった。 朽木はビールを皆の分まで注いできたが、泡が半分以上だったので 春日部さんは自分で注ぎ直しに行こうとしている。 「あぁ、俺が注いで来るよ。朽木君も教えてあげるからおいで。」 そう言って田中がビールサーバーの方へ向かった。 二人で運んできたジョッキには、綺麗な泡の比率が出来ていた。 「こういうサーバーだと本当はあんまり難しくないんだけどなぁ。」 「ありがとうございますっ!感謝感激にょ~。勉強になりました。」 そこへ大野さんと荻上さんがサラダや点心、焼き鳥などを。恵子と斑目が生肉を 持って戻ってきた。高坂は枝豆や刺身を確保していた。 2往復ぐらいでとりあえずは乾杯となる。 「ゴホ…、我々は一人の英雄を失った!―――。」 思わず左手を胸に当て、右手を掲げた演説ポーズを取りかける。 「おいおい!早くしないと呑めないぞー。」 田中から素早くツッコミが入る。 「いやいや、じゃなくって……(苦笑)。んじゃ、まぁ、 OB会?の開催とお互いの残暑見舞いの為に、乾杯―――。」 「「「乾杯~~~。」」」 現会長の荻上ではなく、斑目の音頭でそれぞれジョッキを掲げるのだった。 カルビやハラミ、ウインナーやイカなども焼き始め、しばらくして肉の臭いと 煙が立ち昇ってきた。だんだんと周りの席も騒がしくなってきた。 「あー、今日は適当なシャツ着てきて良かったよ。なんか風向きで 煙がこっち来るかんね。屋外だけど。」 「咲ちゃん、席変わろうか?」 そんな二人の様子を目の端に映しながら、荻上や恵子と話す斑目だった。 「で、最近どうなの?現視研は?俺はたまに昼休み行くのと 朽木君や笹原から聞くぐらいなんだけど。」 「部員は2人入ってきましたけど、それよりもうすぐスーが来るのが 心配というか、不安というか―――ですね。」 「アメリカの子だっけ?あたし初めてだけど、なんつーか 向こうにも オタクって居るんだねぇ。しかも女の子って…やっぱホモ好きなの?」 「なんでそこに直結するんですかっ!」 「えーーだってそうじゃん。あたしだって読むしさぁ。」 「スーが引っ越して来たら歓迎パーティーしましょうね!」 テーブルの向こうから大野が言ってくる。地獄耳か。 「ん?大野―――。その左手の包帯、どうした?」 「え?まあこれはおいおい話しますぅ。」 そう言ってジョッキを一気に空けるのだった。 しばらく呑み進み、焼き網に焼き過ぎた肉の成れの果てである炭の塊が 数個出来てきた頃になって、春日部さんが立ち上がって提案した。 「さてそれじゃあ、皆はコミフェス?行って会ってるだろうけど アタシは久しぶりだから、近況報告と暑気払いも兼ねて、最近有った 涼しくなるような話か怪談でも一人ずつ言ってみようか?」 「はーーい、じゃあワタクシめが一番槍でっ!」 「あー、クッチー=(イコール)寒い芸風だもんねぇ。」 春日部さんのツッコミで既に出オチ状態だ。 「朽木学ことクッチー、現視研の風物詩と言いますか毎年恒例ですが また、就職が決まっておりませんっ!」 「………名前とあだ名の『こと』の前後が逆じゃねぇか?」 「彼の中ではクッチーが真の名なんですよ、きっと(笑)。」 「勝手に風物詩にしないで欲しいですね。人聞きの悪い。」 「うーん、なんかキレが無くなったような気がするね。最近どうなの?」 「知りませんよ。私も最近会ってませんでしたから。」 数秒の沈黙の後、皆口々に就職出来ていないことそのもの以外について 批評し始める。すごい滑りっぷりだ。 (うわーーー僕チンの心はブリザードですぅ~~~。) 一応、クッチー自身の納涼は果たされたようだ。 その後、春日部さんが近くの峠の古寺に深夜ドライブに行って 一人減った話や、恵子がトンネルでの人柱と血の手形の話など、 生暖かい夜の風と焼肉の中、屋上ということで少し雰囲気が 有るような無いような感じで、定番の怪談を披露した。 そしてビールや黒ビール、酎ハイなど呑み進み、だんだんと一同ともに 酔いが回ってきた。 斑目の寒い話もダブルオチが効いている。朽木に負けていない。 「えー。ネタがマジで何もアリマセン………。」 「うそー?」 「空気読めよ。」 「で、オチは?」 皆のツッコミの冷たさもかなりのものだ。 「あ、そういえば、誰も久我山呼んでねえの?俺も忘れてたけど………。」 その斑目の一言で、予定調和的な滑り芸の域を一気にブッチギリだ。 どうやら今日は本当に誰も久我山に連絡してなかったようである。 斑目は灰になったジョーのようにテーブルの端の席に座ってしまい、 横目で少し心配そうに荻上さんがチラ見している。 そこへ田中が話し始める。 「あー、じゃ、じゃあ次は俺ね。洋裁でミシンを使ってるとね、色々と―――。」 「ストップ!!もうオチは判ったから!」 今日も春日部さんはツッコミに大忙しだ。 「ん?俺はわからねぇけど?」 「ほらほら、聞きたがってるよ。えー、指の爪をね…。」 「だからヤメロつってんだろ!」 立ち上がって春日部さんのチョップが炸裂する。 「おおーーっ、久しぶりに見たっ。」 男子諸氏の歓声が上がる。 「あつつ。こういうのって斑目や朽木君の役回りじゃないか?」 「俺かよ!しかしお前の話もう俺もわかったぜ。痛い話はゾクっとするからなぁ。」 「おい、斑目。なんか羨ましそうじゃないか?」 「馬鹿かおめーわ!俺がドMみたいな事言うんじゃねーよ!」 そして殴られた田中をジト目で眺めていた大野さんが立ち上がった。 「では私の話を。コミフェスのあと、山に撮影に行ったんですけど 田中さんたら『クヌギの樹液の匂いがする』とか言い出して、 どんどん林に入っていったんですよ。それで本当にクワガタを 見つけたのは良いんですけどね―――。」 話が始まるやいなや、田中は新たにビールを注ぎに席を離脱してしまった。 「私は知らなかったんですけど、樹液ってスズメバチも居るんですね。 それで何故か私だけ襲われて…。それでこの左手ですよっ! あとから『黒いものが襲われるから』とか 『香水の匂いに寄るらしいよ』 とか、知ってるなら先に言って下さいって話ですよ!」 そこへ冷や汗なのか暑さなのか、汗を流して田中が戻ってきた。 「だから埋め合わせはするって―――。ま、まあ呑んでよ。 ハーフ&ハーフ作ってきたからサ。」 そう言われて田中からジョッキを受け取ると、グビっと呑んで座る大野さんだった。 「あうー。そう言ってから何日経つんですかぁ。」 「……なんだこの夫婦漫才。」 今日、何回目かわからないツッコミを入れる春日部さんだった。 そこへ遅れてやってきた男が登場した。 「お待たせ―――。荻上さんに、みんなも。しかし暑いねぇ。」 「あぁ、笹やん久しぶり。」 「えーと、春日部さんだけ久しぶりかな。こないだコミフェス有ったから。」 当然のように荻上さんの横の席に移動するかと思いきや、まず田中の方へ 歩いていく笹原だった。荻上さんだけが少し不思議がる。 「田中さん、この荷物ですか?例の。やー楽しみですね。 俺も少し恥ずかしいですけど―――。」 「任せてよ。これは俺自身の為でもあるからな。」 「「何の話をしているんですか??」」 大野さんと荻上さんがハモって疑問を投げかける。 「え?俺が蛍野先輩のコスプレしたら、荻上さんが鍬形ハサミの コスプレしてくれるって聞いて来たんだけど。」 「言ってません!!!」 0.5秒で否定する荻上さん。 「いえ、是非やってください!田中さんGJ!」 その否定に0.5秒で被っていく大野さんだった。 「えーーもう、早く二次会のカラオケボックスで披露しましょうよ~。」 ジョッキを空けながら笹原は少しのんびりしている。 「もうちょっと呑んで食べて良い?俺まだ腹ペコなんだけど。」 「あーもう、笹原さん弱スギ!!そんなの一気に詰め込んでください! それよりも荻上さんをもっと詰めて下さいよ!見たくないんですか!」 「え―――?『きっと可愛いヨー。俺も見たいなー。』こんな感じ?」 相変わらずのヘタレっぷりが健在なようで、それを見て少しホッとする 斑目と朽木であった。希望の星でありながら身近な存在であって欲しい。 複雑な男心とともに、残暑の夜は更けていくのであった。
https://w.atwiki.jp/genshikenss/pages/215.html
不機嫌 【投稿日 2006/03/11】 カテゴリー-笹荻 管理人注 管理のため違うのをつけさせていただきました。何かあればメールください。 ふぃー、とネクタイを緩めながらコンビニの袋をぶら下げて、扉を開く。 何となくだがこの時、この扉を開け、部屋に入った時だけ、何時もの時間が流れている様に感じる。 「あ、こんちわ。」 「どもー。」 顔だけをこちらに向けて、言葉を投げ掛けてくる2人。 手元はカチカチとゲーム機のコントローラーを忙しなく操作しながら。 「あれ、笹原。久しぶりじゃん。」 ガサッと袋をテーブルの上に置きながら、近くにあるパイプ椅子を引いてくる。 座る瞬間にキィと軽やかな音を奏でるそれも、どこか気持ち良い。 「いやー、研修昨日で終わりまして。」 既に顔はテレビに向け、言葉だけをこちらに向ける。 隣で、必死にゲームで対抗しようとしている朽木は、奇声を上げるだけで一杯一杯の様子。 「んで、早速ここ来るわけね。」 「はは、斑目さんには何も言えない立場になってきてますね。」 背中からでもはっきりと解る、きっと今何時もの困った風な笑顔でいるんだろうと。 「で、どうよ。研修の方は?」 「いや、もー、緊張しまくりで。ぜんっぜん頭に入ってこないですよ。」 バシンッ!とテレビから大きめな打撃音が響き、グラマラスな女性の勝利画像が流れると同時に朽木から「にょ~。」とどこか弱々しい声を上げ がっくりと項垂れる。 そんな朽木にゲームのアドバイスを1つ2つ告げた後、椅子ごと移動し斑目とのお喋りを再開する。 「でも、まー、自分のやりたかったことですからね。楽しんでやります。」 椅子に凭れ掛かりながら、最近癖になっているのであろう、腕組みをし、どこか軽くなったと言わんばかりの笑顔。 そんな笹原がどこか眩しく、ついつい目を閉じてしまう。 「それが一番だな。」 袋から取り出したお握りに齧り付き、もごもごと口を動かす。 一心不乱に先ほど受けた笹原のアドバイスを試しながら話し掛けて来る朽木に、1つ1つ丁寧に返事を返す笹原。 それを見ながら、ふとある事を思い出し、2つ目のお握りに手を伸ばしながら疑問を投げ掛けた。 「それはそーと、荻上さんとはどう?」 こんなことを聞く時はどうしても慎重に言葉を選んでしまう。 まぁ、オタクだからとか言い訳をする訳じゃないが、はっきりと口にするのは恥ずかしいものなのだ。 「あ、それ私も聞きたいであります!」 「どう・・・って、研修中でしたしね。メールで何度か遣り取りしたぐらいですよ?」 「ふーん、そんなもん?」 「って、僕ちんに聞かれても困るであります。」 その遣り取りを見て、あはは、と笑う笹原。 どこか照れ臭そうにしているのは、見間違いではないだろう。 「ま、良いんじゃないの。そー言うのも。」 ペロッと親指に付いた米粒を舌で取り、何とも言えない心情に心が揺れる。 後輩のそれが羨ましくないわけじゃないが、またそれとは別の感情。 だが、それは不快なものじゃなくどこか気持ち良い。 そう、奇妙な感傷にも似た感覚に囚われながら、1つの足音がコチラへと近づくのが聞こえる。 「ういーっす。」 ピタリと足音が止んだと思えば、来訪者現る。 それは斑目にとって、変わらぬ眩しさを見せ付ける女性であった。 「お、ササヤン久しぶり。」 「久しぶり。今日は1人?」 「もうちょいしたら高坂も来るよ。」 斑目の前を横切り、適当に空いてる席へと座る。 それが余りにも自然すぎて、どこかもの悲しい。 「んで、アンタは何時も通りお食事?」 目線を斑目へと向け、ことさら少し嫌味を交えた笑みを浮かべコンビニの袋を指差しながら問う。 「まー、日課ですから。」 っそれに気付き、コチラもことさら見せ付ける様に最後の一切れを大袈裟に口を開けて放り込む。 さきほどよりも幾分、口の動きを大きくしながら。 「あ、僕チンは――」 「聞いてないし。」 ズーン、と背中に負のオーラを纏いながら椅子の上で三角座り。 そんな朽木を焦りながらも慰める笹原、そんな2人を見ながらにししと自然な笑みを零す咲。 らしくなってきた【げんしけん】がここにある。 なんて、馬鹿なこと考えてるな、と思いながら斑目はお茶をずずっと啜る。 「と・こ・ろ・で」 すすすっ、と自然に、極々自然に笹原へと歩み寄る咲。 「な、なに?」 こういう時の咲は良からぬことを考えているか良からぬことをするかの二択。 結局の所、自分に火の粉が降り注ぐのは避けられない現実だということがとても情けなく、怖いもの。 もちろんそれは当然のことであり、今回もガバッと笹原の首に腕を回し、少し強めに締め付けるようにしながら尋問を開始する。 「荻上とは、どんな感じなのかなー?」 『あ、やっぱりそこに行き着くわけね。』とズズッとお茶を啜り続けながら、細い目をして事の成り行きを見守る。 斑目だって自分に火の粉が降り注ぐのは、当然ながら嫌なのだから。 幾度となく聞かれた質問であるが、笹原も生真面目と言うか馬鹿正直と言うか、誤魔化すこともしないで丁寧に返事をする。 「いや、まぁ、普通・・・かな?普通の感覚が良く解らないけどね。」 首に腕を回されていることにそれほど驚きも無い様子。 それは咲が仲間としてこういうことをしてくれているというのが良く解っており、同時にとても嬉しいから。 「その『普通』の中身を教えて欲しいなー。」 「そこは個人のプライバシーに関わりますんで。」 苦笑気味に話す笹原。 そんな様子の彼を見て、「ちぇー」と面白く無さそうに反応するものの、内心笹原がどこか強くなったと感じた。 「なーんか、入りにくい雰囲気になっちゃいましたね~。」 何時の間にか斑目の隣にまで移動していた朽木が、愚痴っぽく話し掛ける。 彼にとっては、奥底まで聞きたいという願望があるのだろうが、それが叶わないとなると話としてはついていけないものだ。 「まぁ、こーいうのもありじゃない?」 「もちっとオタクっぽい感じなのが僕ちんには合ってますにょー。」 「それって、ちょっとどころじゃないっしょ?」 ははは、と微笑する。 その刹那。 ガチャ!とまた扉が開く。 そこから現れたのは先ほどから話題として上げられる人、荻上本人。 扉側に位置していたこともあり朽木と斑目は瞬間的に荻上に先に目線を向けられる形となった。 だがそれは、意図したものでないにしろ、不機嫌さが際立つ彼女から、何時も以上に険しい目つきで睨まれているのと同意義。 2人は瞬時に挨拶を交わすことさえできなかった。 「こんちわ。」 冷や汗を掻きながら、2人も遅れながら挨拶を交わす。 不機嫌さが際立ち、険悪な目つきで睨まれたとあれば、どうにも縮こまってしまうのも致し方ないのかもしれない。 ガタタ、と椅子を引く音さえもどこか不機嫌。 近くに座られた斑目と朽木は『うひゃあ』と心の中だけで声を上げる。 その光景を見ながら、咲と笹原は呆けた表情でいる。 すっ、と今まで笹原の首に回していた腕を戻し、これをしていたことが不機嫌の原因かと一瞬思ったが、どう見てもここに来る前から荻上の状況は変わっていないはず。 瞬時にあれほどの目つきになれるわけがないと考えたからだ。 (ササヤン、あの子に何かした?) ぼそぼそと小声で笹原だけに聞こえる様に囁く。 もちろん問われた笹原にも思い当たる節は無いから今、困惑の表情になっている。 (いや、何にもしてないと思うけど・・・・。) 鞄からノートと鉛筆を取り出し、何時ものように絵を描く。 だが、普段とは違い、彼女からはどうも話し掛け辛いオーラを纏いっている。それは、咲でさえ何か行動を起こすのに躊躇うほどに。 途端にぐっと沈黙の空気が部屋を包む。 各々がどうしたものかと頭を捻るが、何が正しい答えなのか解らないまま時間だけが過ぎて行く。 だが、その沈黙を破る男がいた。 コホン、と1つ咳払いが聞こえたと思えば、無理をして明るい雰囲気を出そうとしている朽木の声が響く。 「おぎち~ん、何か今日は不機嫌、みたいな感じぃ~?もしかして、あの日かにょ~!?」 彼なりに頑張った方ではあるが、どうにもこうにもグダグダである。 笹原と斑目はがっくりと項垂れたように首を落とし、咲も朽木の頑張りを理解して罵声を浴びせたり、攻撃に転じたりすることはないが、目を瞑り苦笑する。 朽木自身も、この発言に関してはかなりの博打要素を含んでいることは重々承知している。 が、これにより良くも悪くも何らかのアクションが彼女からあるはず。 それを残りのメンバーが上手く掬い上げれば、劣勢から優勢に持ち込めると思ったのである。 が、しかし。 実際は、そんな生易しいものではなく、否、彼女の行動からすれば易しいものではある。 じっと彼を見つめるだけなのだから。 しかし、そうはいっても普段よりも険しい目つき。 それでいて無言。 そんな重い雰囲気を自分だけに向けられていることに胃がキリキリと泣いている。 「・・・・トイレ、行って来ます。」 バタン!と閉じられる扉を眺めながら、3人は『逃げた』と思ったが、今回ばかりは朽木に同情してしまう。 で、結局。 切り込み隊長の朽木も、結果的には戦況を悪化させるだけ。 沈黙が幾分重くなり、居心地を更に悪くする。 どうしようもないと言えども、何もしないわけにはいかない。 はぁー、と溜め息を吐いて咲は、思い切って荻上に話しかけようと声を発しようとする。 「・・・荻上さん、何かあった?」 だが、それよりも先に声を発したのは意外にも笹原であった。 その事に斑目も咲も内心驚いていたが、それよりも荻上の反応が気になる。 そんな3人の目線を集中されながらも彼女は顔を一瞬、笹原の方に向け 「別に。」 と、一言だけ淡々と述べ、作業の続きを開始する。 先ほどよりも鉛筆の動きが早くなり、シャーシャーと擦れる音が強く響く。 「別にって、何かありました、って雰囲気丸出しだよ、アンタ。」 苦笑しながら、笹原の後へ続けと言わんばかりに咲も言葉を投げ掛ける。 「・・・・何でもないです。」 咲には目もくれず、重い重い言葉だけが返ってくる。 それでも、こうなれば押せ押せムードだ、とある意味自棄になって、一気に話し掛ける。 「いや、ほら、久しぶりにこうやって集まってるしさー。何人かは足んないけど。」 あはは、と乾いた笑いをエッセンスしてみるも、どうにも悪い方にしか転ばない。 「ん、だから、さ。そんなに怒らずにさ・・・・。」 「怒ってないデス。」 声を大にして『怒ってるジャン!』と言いたい気持ちをぐっと堪え、次の言葉を慎重に選ぶ。 「ホント、何かあったの・・?」 戸惑いながら笹原も荻上に向かって声を出す。 「何にも無いデス!」 その言葉を強く言うと同時に椅子から立ち上がり、チラッとほんの一瞬だけ笹原の方へと目をやり扉の方へ歩を進める。 「あの、どちらへ・・・?」 苦笑気味に、やっと声を出すタイミングを掴む斑目。 その精一杯の台詞も「トイレです。」と簡単に返事を返され、「さいですか・・・。」と小声で繋げるのがやっとだった。 荻上が部屋を出、扉が閉まった瞬間3人からは盛大な溜め息が口から零れ落ちる。 「いや、なんか、ここに来た当初の荻上さん、って感じだな。」 「あん時以上だよ、あれは・・・。ちょっと、ササヤン、ほんとーに何にもしてないの?」 「あ、うん、ホント・・・多分・・・。怒らせることなんて言って無いと思うけど・・・。」 「ってことは、笹原関係じゃ無いってこと?」 「だと、思うんですけど・・・・。」 三者三様、一仕事終えた後の様に疲れきった体を休める体勢で、原因を探る。 背凭れに凭れながら顔を天に向け、目元に手を当てながら咲は、なんとなく笹原に突っ込んでみる。 「なんか無神経なこと言ってないでしょうねー?」 「いや、ホント、そんなことは言ってないつもりだけど・・・。」 そう言って、ポケットから携帯を取り出し送信履歴を眺め出す。 その光景に咲は「?」となりつつも、笹原の次の言葉を待っていた。 「んー、やっぱりそんなこと言ってないと思うよ・・・・。」 携帯を眺めながら、困った表情の笹原。 その光景を見ながら、咲はどうにも変な感覚に囚われる。 このもやもやとした気持ちは何だろうか、と考えてみるが、答えが出そうで出ない。 んー、と唸りながら考えてみるもやはり答えは出そうになく、試しにもし自分が荻上だったら、という気持ちで考えてみた。 「最後の遣り取りは?」 「んー、このメールだね。」 どれどれ、と携帯に手を伸ばしかけてピタッと止まる。 「最後?」 「え、うん、最後。」 その【最後】という台詞を聞いた瞬間、咲の中で閃きに近い感覚で、あっ、と思い立つ。 荻上の気持ちで考えてみれば、それは確かにあれだけの怒りを表現する原因にはなるだろうと何となしに感じたのだ。 「あー、なるほどね・・・・。」 ははっ、と軽く笑みを嬉しそうに零しながら1人納得する咲を、斑目と笹原は不思議そうに眺める。 「春日部さん、理由解った?」 その反応からして、斑目はそうじゃないかと思い、声に出して聞いてみる。 「ま、可愛いところあるってこと。」 答えになっていない答えを出され、斑目はきょとんとしている。 そんな彼の様子を眺め、更にははっと笑ってから笹原の方へと顔を向け、少し真顔になりながら咲は力強く言い放つ。 「今直ぐ追いかけな。で、精一杯怒られて来い!」 人の数も疎らな構内の一角。 その場所で、荻上はぺたりと座り込み顔を伏せたままでいた。 原因は先ほどの自分の行動について。 自分の我が侭が叶わなかった、それに対しての憤慨。 他人に八つ当たりなんてどうかしているとは思っていたが、それだけ自分を抑え切れなかった。 その想いが自分をああやって突き動かしていたのも事実。 だからこそ、自分が情けなくて仕方ない。 (笹原さんにも会えたのに・・・・。) そう考えた瞬間、また我が侭が自分を憤慨へと導き出す。 (止めろって・・・、何考えてんだ・・・。) それでもドロドロとそれは溢れ出し、どこぞへと流れることもなく心の中で溜まっていく。 それを知られるのが怖くて、それで彼に嫌われるのが怖くて、彼女の目元に涙が溢れる。 (何やってんだろ・・・私。) 折角逃げないと決めたのに、これなら前のときよりも酷い有様になっていると感じた。 だが、彼女からすればそれは至極当然なのかもしれない。 あの時に無くて今は在るもの。 それがどうしても自分を逃げ出すことへと繋がってしまう。 (笹原さん・・・・。) 今は在るものの名前を心で呼ぶ。返事なんて返ってこないはずなのに。 「やっと見つけた。」 だが、現実は兎に角非情で、兎にも角にも奇妙なもの。 返ってこないと思われた返事は、笹原の何時もの笑顔というおまけ付きでやってきたのだから。 「探したよー。お陰で、汗びっしょり。」 パタパタと手で顔を仰ぎ、少しでも涼しさを得ようとする。 その表情はどこまでも彼らしく、荻上の心の中で強い安堵感を覚えさせた。 「放っておいて下さい・・。」 それでも彼女は、拒否する言葉。 また顔を伏せ、どこか弱々しく嘆いている様に言葉を捻り出す。 そんなことしか言えない自分がとても情けなく、自己嫌悪で一杯になる。 けれど笹原はゆっくりと彼女の隣に座り込み、何時もの彼で、優しく優しく語り掛ける。 「ごめんね。」 その言葉は荻上にすればとても意外なもので、罵りや罵声を浴びせられるならまだしも謝罪をされるなんてこれっぽっちも予想していなかった。 「何で怒ってるのか解らないけど、んと、俺が何か悪いことしたよね?」 「何て言うか、俺そーいうの鈍感だから。知らず知らずの内に荻上さんを傷つけたんだろうなーって。」 「それさえも春日部さんに言われて気付くぐらいだから、ほんと情け無いよね。まだまだ荻上さんが言った『強気攻め』には成り切れないし・・・・。」 はははっ、と困ったように少し寂しく笑いながら、ずっと自分を気遣う言葉。 「だから、ごめんね。」 どうしてこうも優しいんだろう? どうしてこんなに暖かいんだろう? どうして私はこの人を悲しませるんだろう? 荻上の中で、何かが弾け、抑える力を捨てきったように涙を零す。 「ごめんなさい、ごめんなさい。」 突然、彼女が泣きながら謝罪の言葉を繰り返す。 やっぱり自分が何かしたのだろうか?と考えてしまうが、この状況に笹原は困惑することで精一杯だ。 「や、やっぱり俺、何かしたんだ?」 「違うんです・・・・、私が悪いんです・・・。」 手の甲で何度も涙を拭いながら、心を落ち着かせ、涙を枯らせようと必死になる。 この人の為にも、泣いちゃいけない。 それだけを考え、必死に涙と格闘していると、普段よりも早い段階で涙が止まった。 内心、これほど早く涙が止まったことに荻上は驚きながらも、何となく納得はできた。 そう、この人のためだから。 それと同時に、あの時見せた『あれ』と同じように自分の我が侭、欲望とも言えるものを彼に告白することが恐ろしくて仕方ない。 でも、自分が逃げ出すとかじゃなく、彼を悲しませたくない。 その一心で。 「その・・・・研修・・・昨日で終わったんですよね・・・?」 突然の話題に、更に困惑しながらも彼女が剣も無く話しかけてくれたことがとても嬉しい。ただ、その想いが彼にはあった。 「あ、うん、いろいろと大変だったけど。」 「あの、その、研修中も・・・メールで遣り取りとか・・・・。」 段々と顔が朱に染まる荻上。 それを見て、空気を読めてないと解りつつも可愛いと思ってしまう。 「うん、したよね、何度か。」 「え・・・と、メールとかあんまりしないけど・・・その楽しくて・・・嬉しくて・・・。」 その発言で、荻上の顔は更に強く紅く染まっていくが、笹原も少し照れたように紅く染まる。 そんな風に思っていてくれたことがとても嬉しいから。 「あ・・・うん、俺も楽しかったよ。」 「でも・・・それ・・・・・だけじゃ物足りなくて・・・・、あ、あ、会いたくなって・・・・、研修が終わったら会いに来てくれるだろうな・・・とか勝手に想像してて・・・。」 その言葉ではっとする。 あの時、どうして咲が【最後】という言葉に反応したのか。 そういうことだったのか。 どうしてこうも単純なことに気付かなかったのか。 いや、自分だって会いたいと思っていたが、きっと迷惑なんじゃないかと勝手に決めつけ、結局何もしないままだった。 あまりにも不甲斐ない自分に、強い苛立ちを覚えながらも、笹原は愛おしそうに荻上の頭を撫でながら、ゆっくりと口を開く。 「ほんと・・・まだまだ『強気攻め』には成り切れないな・・・。」 「あ、あの・・・」 「俺も会いたかったのに、荻上さんに何も聞かないで勝手に決め付けちゃってさ・・・、ホント情け無いよね・・・。」 「い、いえ!それは、私も同じことだし・・・。」 「ううん、ごめんね。」 頭を撫でていた手をゆっくりと離し、今度は彼女の右手をそっと力強く握る。それは夏だから、とか、そういう事じゃなく、人としての温もりと暖かさがとても滲み出ている感覚。 「荻上さんの事大好きだし、もっと『強気攻め』になれるように頑張るね。」 少し顔を紅く染め、照れながら、だけど、とても力強くはっきりと言ってくれた。 それがとてもむず痒く、それだけでとても嬉しくて、また涙が零れそうになるのをぐっと笑顔で追い払う。 「・・・私も大好きだから、逃げないように、笹原さんともっと向かい合えるように頑張ります。」 『逃げる』という言葉は、前と同じであまり意味が解らなかった。 けれど、彼女にとっては大きな決意、それだけはとても良く伝わった。 それは彼女の言葉からも、手に伝わる体温からも感じ取れるほどに。 「戻ろっか?斑目さん達も心配してるし。」 ぎゅっと手を握ったまま、彼女をエスコートする様に促す。 こうしてまた2人の距離がほんの少し、ほんのちょっとだけだけど近づいた気がする。 こうやって小さな問題にぶつかりながら、お互いにちょっと怒ったりして乗り越えて、ちょっとずつちょっとずつ近づければ良い。 そんな風に自分は思っているけど、相手もそう思っているかな?なんて、心の中で照れながら、彼と彼女は考える。 「はい・・・あ、でも・・・・」 すっと立ち上がり、笹原に促され戻ろうとした矢先、荻上はある想いが沸き立った。 それは先ほどとは違う感情。言うならば正反対とも言えるものだ。 「笹原さんは・・・、【強気攻め】になってくれるんですよね・・・?」 ギラギラと照りつける太陽が、体温を上昇させる。だが、それ以上にとても頬が熱い。 「んー、まぁ、努力します。」 その台詞に苦笑する。なるとは言ったものの、簡単にそうなることなんて出来ない。それで、自分で今までの自分を無かったことにしそうだから。 「その・・・・練習・・・してみます?」 「え、え?それって・・・・?」 顔を伏せていて、表情を汲み取ることは皆無に等しかったが、それで自分の全てを隠せるわけもなく、伏せた状態からもぴょこんと出ている耳だけが真っ赤になっていた。 それを見られていることを解ってのことか、ばっと急に真っ赤に熟した顔を上げたと思えば、目を瞑ったまま。 心持ち、顔は少し上に向けているようにも見えた。 「え?え?」 「れんしゅーです、れんしゅー。」 目を瞑ったまま、何時もの無愛想な言い様で、笹原からの行動を待つ。 それでも、笹原は困惑する声を上げるばかりでその深意までは理解できていない様子。 そんな笹原に痺れを切らせ、荻上は「ん。」と今度は目に見えて解る様に、顔を、否、唇を突き出し、鈍感な相手にも伝わるように精一杯の努力をする。 これには流石の笹原も十分理解できたものの、今度は羞恥心から結局のところ行動を移せずにいた。 「え、いや、流石に人がいるところではちょっと・・・・。」 周りを見渡せば、疎ら、本当に疎らながらも人の姿は確認できる。 それがこちらの様子を気にしているわけじゃなくとも、それを行えるほど、自分は【強気】じゃない。 「だからこその、れんしゅーです。」 表情などは一切変えず、ただ顔の朱の染まり具合だけが強くなる。 何を言っても無駄だろうなー、とどこか冷めた気持ちですっと荻上に近付き、荻上に負けないぐらいの赤面になりながら意外に荻上の方が【強気】向けなんじゃないか、と考えてしまう。 荻上も笹原が近付くのを気配で察しどんどん心臓の鼓動が強くなる。 一歩一歩近付いてくるのが解る。そして、ピタッと直ぐ目の前にいるのが彼のとの距離がとても縮まった気がして嬉しくなる。 そして、待望の感触。 だが、それは求めていた感触とは似て非なるもので、自分のおでこの方から「ちゅっ」と聞こえるようで聴こえない音が木霊する。 「・・・・【強気】でも焦らすのは嫌いです・・・・。」 やっと目を開いたかと思えば、ずんと重い声が自分に向けられる。 笹原とて、これでも精一杯頑張った方だったが、彼女はそれを良しとしない。 何とか、これで許して貰えないだろうかと懇願しようとも、彼女はまた直ぐに目を瞑り、それをする機会さえ与えてくれない。 きょろきょろと不審な行動を起こすのを予告するかの如く、笹原は改めて人がいないことを確認して、また新たに行動する。 そして、それは荻上には本当に待望の瞬間。そして、今度は比喩的なものじゃなく、自分の唇から「ちゅっ」と音がするのを耳と心で聞き取った。 「ただ今戻りました・・・。」 「・・・・。」 ガチャッと扉を開け、開口一番どこか弱々しい声が部屋に響き、その声を上げた彼の後ろには、ぎゅっと彼の服の裾を掴む小さな彼女がいる。 「おかえりなさーい。」 そこには自分達が出ている間にやって来たのであろう大野がニコニコと嬉しそうな顔でこちらに挨拶をしてくれていた。 咲と斑目もどこか安堵の表情でこちらを眺め、2人には迷惑を掛けたことに少し心が重くなってしまった。 「ま、オギーにも可愛いところはたくさんあるってことで。」 頬杖をつきながら、咲が目を細めて、嫌味ながらも決して心に痛まない言葉を投げ掛ける。 何もかもお見通し、というその雰囲気がまた、全ての気持ちを汲んでくれているように。 「俺にもそんな幸せが欲しいもんだよ。」 腕組みをしながら、斑目も咲と同じ様に2人に対して、笑いながら言葉を掛ける。 まぁ、彼の場合は咲から物事の大体を教えてもらい、(女の子ってそういうもんなの?)と考えたりしていたのは誰にも言えないことだが。 「あれ、斑目さん、まだいたんですか?」 「笹原くーん!?」 「ははっ、冗談っすよ。」 それだけにこうやって、冗談めいたことを言われるのも至極当然なのかもしれない。 「何かあったんですか?」 どこか自分だけ蚊帳の外にいるのを実感してしまい、事の真相を探ろうと目を光らせる大野。 それにいち早く危険視したのは、勿論知られては自分に一番の被害が来る事を知っている荻上だった。 「何でもないですよ、大野さんには関係ありません。」 ずいっと笹原の前に出て、殊更何も無かったことを主張する。だが、それをすればするほど何かあったのかは一目瞭然で、しかも『関係ない』なんて言葉がある時点で逆に何かあったことへの布石にしかならない。 「あー、やっぱり何かあったんですねー。咲さん、何があったんですかー?」 「さぁ?」 『何にも知らないよ』と言わんばかりの微笑で、それを軽く流す。斑目も素知らぬ顔で、次に自分が問いただされても同じ様に言うつもりでいた。 そんな2人の反応におもしろくなさそうに、口を尖がらせて、ブーブーと文句を垂れる。 「もー、詰まんないですねー!」 本当に心の底から詰まらなさそうにする大野。 それを見て、冷めた目で見つめる荻上、そして苦笑する3人。 こうやって、また【げんしけん】はそれぞれの中で、大きくなっていく。 それを実感すればするほど、とてもそれは寂しく感じるが、絶対的な思い出へと変わるのも確信できる。 それでこそ【げんしけん】なのだから。 と、不意に、扉の向こうからドタバタと大きな足音が聞こえ、バーンと大袈裟でもなんでもなく、本当に扉が取れるのではないかと言うほどの衝撃で朽木が現れた。 「クッチー、アンタ、ながーいトイレだったねー。」 咲が朽木に対しても嫌味を垂れる。 その意味が理解出来ない大野は首を傾げるが、笹原と斑目は「ははっ」と苦笑しながら朽木がなぜそんなに慌ててやってきたのか疑問に思った。 「どったの、朽木君?」 斑目がそう質問すると、ニヤーと嫌らしい笑顔を浮かべ、ゴソゴソとポケットから携帯を取り出し、喧しいぐらいの大声で大袈裟に語り出す。 「いやー、やっぱり愛の力は偉大ですにゃー!!」 ピピッと携帯を弄り出したかと思えば、携帯のディスプレイから何か動画が流れ出す。 もちろん、それは小さい画面のため1人1人には何の動画か確認出来ず、困惑顔。 「ほらー、見てくださいにょー!けっ・てい・てき・しゅん・かん!ってやつですにょー!!」 「どれどれ?」 差し出された携帯を受け取り、斑目が映し出される映像を眺め出す。 が、途端に小さく「うわっ・・・!」と声を上げ、少し顔が赤くなっていた。 「朽木君・・・これはちょっと・・・。」 また盗撮でもしたんではないかと、咲は眉を吊り上げながら斑目から携帯を引ったくり何が映っているのかを確認する。 大野もそれに何があるのか斑目の反応を含めてとても気になり、咲の肩に手を置きながら、横からそれを眺めようとする。 もちろん、笹原と荻上もそれが気にならないわけがなく、2人の後ろ手から少し背伸びしながら、映されるそれを見ていた。 ピピッと咲が携帯を操作し、改めて最初からその問題の映像が流れ出す。 そして、その瞬間、全ての時間が静止した。 先にそれを鑑賞していた斑目は、もはや掛ける言葉も見つからず、ずっと苦笑を浮かべたまま誰かが起こしてくれるだろうアクションを待ち続ける。 「それにしてもおぎちんの【焦らすのは嫌】って発言はもう最高!僕ちんもあんなこと言われたいにょー!!」 咄嗟に、ぐっと握り拳を造り、前回の様に沈黙させようかと考えたが、事が事だけに真っ先にするべきは荻上のフォローである、と咲は悟る。 それは勿論、これもまた前回の様に彼女が窓から飛び出そうとするのを抑止することへと繋がるのだから。 「いや、まー、ほら!私もコーサカとこんな感じのラブラブっぷりよ?」 心の中で【アイタター!】と自分を少し罵る風な感想を持ちながら、真っ赤に染まる荻上に乾いた笑いを向ける。 「ラストの接吻は見―」 笑顔を荻上に見せ、体勢を崩さずその場から朽木へ裏拳一発、沈黙させる。 ボグァ!と音にならない音が鳴り響き、斑目の直ぐ横の壁に打ち付けられた朽木は生気を失っているが笑顔に見える。 そんな朽木に斑目が冷や汗を流しながら、心配そうに体を揺する。とりあえず、これでその男は斑目に任せよう。 「いやー、だからさー。」 「いや・・・・あの・・・」 前にも同じ様なことを体験している感覚に陥る。 実際それはあの時とよく似ていて、そう思うのも仕方ないことだと心の隅で冷静な自分が納得している。 「・・・それはですね・・・さ・・・笹原さんが・・・」 「・・え・・・あ・・うん・・俺が・・・いや・・・」 でも、あの時とは違うことが沢山ある。 特に最大の相違点は真っ赤な顔でいる隣に、同じく真っ赤な顔の笹原がいること。 2人して何か言い訳をしようとしているが、それさえも言葉になっていない状況。 それを見れば見るほど上手くフォローしたいと思う気持ちで一杯だが、逆にこっちまで挙動が可笑しくなる。 「いやいや、気にするなー。大野の所だってこんなもんだよなー!?」 努めて明るく大声で言う咲の言葉。 しかし、その言葉は大野本人には届いていない様子で、自分の携帯と朽木の携帯を交互に見合わせながら、それを弄くっていた。 なにやってんの? そう咲は声を上げようとしたが、突然、携帯が鳴り響く。それも複数台。 「え?え?」 それは、ここ、【げんしけん】内にいる朽木以外の全ての携帯に鳴り響く。 当然、斑目などは困惑して携帯を取り出し、何が来たのか不思議で堪らなかった。 だが、咲だけは違った。 これの意味することは、即ち1つしかない。 少し怒りながら、大野の肩をぐっと掴み、こちらへと顔を向かせる。 その口には大きなマスク。 「素敵な素敵な2人のメモリアルですから。」 咲にではなく、その2人に向けて目だけが笑う魔の笑顔。 もはや、何もかも手遅れとしか言えないその状況に、咲はギギギッと首だけ動かし荻上の様子を伺う。 刹那。あの時の思い出がまた繰り返される。あの時以上の出来事で。 「で、何やってんのさ?」 室内の惨劇を目の当たりにした惠子は表情と声で存分に冷めたものを叩き付ける。 「だぁーかぁーらぁ、ここは三階だってぇーの!!」 必死に窓へと走り出す荻上を止める咲。 「お前も荻上さんに感化されるなぁー!」 そして、必死に窓へと縋り寄る笹原を止める斑目。 部屋の一角では、朽木が真っ白に燃え尽きながらも笑顔で倒れ、マスクを装着している大野はクネクネと奇妙な動きできゃーきゃー、騒がしい。 自分の問いに誰1人答えないことに、少しいらつきを覚えたが、何故か少し笑いが込み上げてしまう。 それすらも誰に見られてるわけじゃないのに、惠子はそれを悟られないようにわざとつっけんどんに言い放つ。 「マジでウゼー。」 だが、自分でも解っていないのだろう。 彼女の口は「へ」の字では無く、大きく釣りあがり少し湾曲を描いているもになっていることを。 これもまた【げんしけん】、どこまでも『らしく』、どこまでも『オタク』っぽい。 それに安堵しつつあるのはどの人物も一緒だったりするのは、各々の心の中だけの秘密になっているのだろう。 ―終― おまけ 【凄いよ、朽木君】 斑目「あー、そういえば朽木君って、あの2人のこと何時から気付いてた?」―俺は知らされたって言うより、知ったって感じ― 朽木「そんなの、オギチンの様子見てれば余裕のよっちゃんですよぉー。」 斑目「・・・解るもんなの?」 朽木「だって、オギチン目に光が宿ってましたしねー!服装も何時もの地味なものからおにゃのこ!って雰囲気丸出しのものでしたからにょー。」 「後は、仕草的にも人を好きになった乙女って感じがしてましたねー、あ、言動も。」 斑目(何だ、この妙な敗北感は・・・?) 【やっぱ凄いよ、朽木君】 咲「(携帯から例のムービーを見ながら)それにしても良く撮れてるけどさー。」―ってか、これ2人にとってのトラウマじゃない?― 朽木「にょ?」 咲「結構遠くのアングルじゃん?台詞とかどうやって解ったの?」 朽木「ああ、そんなの簡単ですよぉー。」 「だって、僕ちん、読唇術マスターしてますから!!」 咲【この男は今ここで葬ろう!】(満面の笑みで携帯を握りつぶしながら)